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夫の秘密(7)

希子は1週間ばかり無為の日々を暮らしたが、両親にいつまでもおんぶにだっこということはできないと思い始め、職探しを始めることにした。両親は、希子の職探しに戸惑ったようだ。職が見つかれば、もうオーストラリアに戻るつもりはないのだろうし、離婚は時の問題と思ったからだ。
 希子が「ハローワーク」に行って、相談員に、何か英語関係の仕事はないかと聞くと、オーストラリアにいたと言うので、英語塾の教師の仕事を紹介してくれた。本当は英語にもそれほど自信があるわけではないが、特技というものがない希子は英語を使う仕事しか思いつかなかったのだ。その日は、その後面接の予約を取り、履歴書を書いて、1日が終わった。その晩もトムからメッセージが来た。
「希子、どうしている?僕は希子がいなくなって初めて希子のいない人生なんて考えられない自分に気づいた。もう誰とも会う気がしなくて、毎日会社とうちとの往復だけだ。家に帰ると誰もいなくて、寂しいばかりだ。帰って来てほしい。愛している」
毎回同じような文面だ。結婚する前も、『愛している』メッセージ攻めで、プロポーズを受け入れたんだっけと、結婚した時のことを、思い出した。このまま別れるべきか、このまま日本にいるか、それともオーストラリアに戻るべきか。バイセクシュアルのトムが希子だけに心をとどめておくことができるのか。それが大いに疑問だった。確かオーストラリアの元首相のポール・キーティングは、スチュアーデスだった奥さんと恋愛結婚したはずなのに、首相を辞めた後、すぐに離婚をしたのは、キーティングに若い男の愛人ができたからだとうわさされているとなにかの雑誌で読んだことがある。真偽のほどは別として、一度同性愛に目覚めると、もう異性は愛せなくなるのではないかと思って見る。いやいや、そうとばかりは言えないとも思う。確かアメリカ人の友達から聞いたことがある。彼女のお姉さんが同性愛者で、パートナーとの間に子供ができないので、ベトナムから養子をもらったけれど、その後、そのパートナーと別れ、今度は男の人と結婚したという話だった。ベトナム人の養子は、二人のママから、ママとパパの子供になったのだから、戸惑ったことだろうと、希子は想像した。人間は異性愛者か同性愛者かバイセクシュアルの3分類にされるのか、それとも、その時その時で好みが変わるのか。異性しか愛したことのない希子は、頭が混乱してきた。トムの言葉を真に受けていいのか。そんなことを考えると、希子の心は乱れた。

ちょさく

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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