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夫の秘密(9)

希子は、翌週の月曜から塾を教え始めた。開始時間は3時半と、小中学生の下校時間に合わせたものだった。
教室に入る前に事務局で手渡された名簿を見ると、クラスは8人の少人数編成で、小学6年生の女の子が3人と中学1年生の男の子が一人で、後の4人は中学一年生の女の子の、混合クラスだった。ところがもらった名簿を見て、名前の読み方が分からないものが多くて驚いた。「衿朱」なんて、どう読むのだろうと頭をひねると、「エリス」とフリガナがついていた。唯一の男子生徒の名前も変わっている「四三四」となっていた。「シサシ」と読むらしい。最近の親は、子供に凝った名前を付けるようだ。
生徒のバックグラウンドを知りたくて、
「この中で、外国に行ったことのある人?」と聞くと、6人が手を挙げた。
「どこに行ったの?」と聞くと、ハワイとかグアム島、遠くではアメリカやヨーロッパなど、家族で観光旅行に行った子ばかりで、海外子女はいなかった。無理もない。海外子女なら、わざわざ英語の初級クラスに子供を通わせる人はいないだろう。
「先生は、どこか外国に行ったことがあるの?」と、おしゃまな感じの結(ゆい)が訊く。
「オーストラリアに5年住んでいたわ」と答えたものの、それ以上、個人的なことを聞かれるのは嫌だったので、
「じゃあ、テキスト開いてね」と、授業に入って行った。
テキスト通りに、自己紹介から教えていき、ひとまずは無事に最初のクラスは終わった。
事務所に戻ると村上がにこにこしながら近づいてきて、
「どうでしたか?」と、聞いてきた。
「教壇に立つのは初めてだったので、緊張しましたが、子供達も素直で、安心しました」
「そうですか。それは良かった。じゃあ、頑張ってください」と村上に励まされ、その後の二つのクラスを無事にこなして、家に帰った時は7時を過ぎていた。。
その晩、希子は両親と食卓を囲み、母親が用意してくれていた好物のカレーライスを食べようかと思ったら、思わず吐き気に見舞われた。
「ウッ」となって、思わず右手で口を押えて、トイレに駆け込む希子を見て、母親は「あんた、もしかして…」と言ったが、希子には、その言葉は聞こえなかった。


ちょさk

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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