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夫の秘密(11)

希子はクリニックを出た後、すぐに母親に電話した。
「お母さん、今診察を終えたわ」
「で、どうだったの?」
きっと母親は希子の電話を待ち詫びていたのだろう。せかすような声が聞こえた。
「やっぱり、妊娠しているって。妊娠3か月」
「やっぱり、そうだったの」
母親は喜びの声を出したらいいものかどうか迷っているようで、当惑した声が返って来た。
「今日は、このまま仕事にでかけるわ」
「大丈夫なの?」
「勿論よ。病気じゃないんだから。つわり止めの薬ももらったから大丈夫よ」
「そう。遅くならないように帰ってらっしゃい」
仕事まではまだまだ時間がある。携帯をしまうと、希子はぶらぶらクリニックの近くの公園に行って、ベンチに腰掛けた。
日本に帰ってから、初めて外の景色を見た。新緑の季節で、初夏の日がまぶしく感じられた。
公園の隅にある砂場では、1-2歳くらいの子供が3,4人遊んでいて、その傍に母親らしき若い女が4人佇んで、子供を見ながらおしゃべりをしているのが、見える。そう言えば、何かの話に聞いたことがあるな。公園デビュー。小さい子供を連れた母親が初めて公園にでかけ、他の子供達や母親に受け入れてもらえるかどうか不安を抱えながら、参加すると言う行事。もし、自分が日本で子供を育てるとなると、こんなことも悩みの種になるんだろうなとぼんやりと、希子は考えた。シングルマザーと言うだけでもハンディキャップになる。その上、子供がハーフ、いや今はダブルと言うんだっけ、ダブルだと言うのもハンディキャップになる。それに仕事をしながら子育てって、自分にできるのだろうか。母親はきっと、トムと仲直りをするように言うに決まっている。トムも反省しているのだから、許してあげればいいのかもしれない。そんな思いも浮かんでくる。
自分のまだ膨らんではいないおなかをさすりながら、希子はまだ生まれて来ぬ子に話しかけた。
「ねえ、ママ、どうしたらいいと思う?」
すると、赤ん坊の顔が思い浮かび、にっこり笑いながら、
「パパは今でもママを愛しているよ」と言っているように思えた。
「そうねえ。ともかくパパにはあなたのことを知らせなくちゃいけないわね」と希子は、自分に言い聞かせた。
そして、その晩遅く寝る前に、希子はトムに「子供ができました」と短いメッセージを送った。メルボルンとの時差が2時間あるので、トムが希子のメッセージを読むのは、翌日の朝になりそうだった。
ところが、その晩、とんでもないことが起こった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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