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藤沢美恵子(仮名)さんの物語(3)

 35歳になった時、犬の美容院を廃業して、海外に行きたくなったわ。ビジネスは繁盛していたけれどチャレンジすることがなくなり、退屈になったの。チャレンジすることがなくなると、つまんなくなるのよね。
 海外に行くには英語の勉強が必要だと思って、教会に通って宣教師から英語を勉強したこともあるのよ。ただで英語が学べると期待したのけれど、あまり上達しなかったわね。
 英語は余りできなかったけれど、そこは度胸。犬のグルーミングをするには余り高尚な英語は必要がないから、ニュージーランドに行って、ドッググルーミングの店で雇ってもらえないかと思って仕事を探したけれど、見つからなかった。その頃のニュージーランドは、日本と同じように犬の美容院は皆小さい所ばかりで、人を雇うようなところはなかったのよ。そこで、ちゃんと英語を勉強して、仕事を探そうと決心。昔旅行をしたことのあるメルボルンに行ってメルボルンのラトローブ大学の英語のコースに登録し1年間留学したの。学生ビザをもらったけれど、勉強そっちのけで、何とか長期滞在できる方法はないものかとそればかり考えたわ。
 その時の下宿先の夫婦はとても良い人達で、今でも付き合いがある。あんなに良い人達はいないと、今でも思う。そのご夫婦が下宿を始めるようになったのは、神戸の日豪協会から日本人のホストを頼まれて、無料でその人達を面倒を見たことがきっかけだったと言うことだ。子供が巣立った後の空き部屋に、日本人を泊めるようになったんだそうだ。しかしそれまでは皆短期間滞在だったので、私が初めての1年の長期の下宿人。無料でいいと言われたけれど、何とか説得して下宿代を受け取ってもらった。掃除、洗濯、食事と全部してもらったわ。そのうえ、遠い所に行く時は車で送ってくれた。ご主人は99歳で亡くなったけれど、奥さんは97歳で今も健在。3ベッドルームでプールもある一軒家で一人暮らし。モータースクーターでどこへでも行く。車いすでも電車に乗ったりタクシーに乗ったりして積極的に外出している。ともかくじっとしていない。机の上には編み物、新聞のパズル、ジキソーパズルなどが置いてある。テレビを見る時も編み物をして手を動かしている。プレゼントにもらったらしいジギソーパズルもたくさん持っている。彼女は絶対認知症にはならないと思う。
 親切にしてもらってお礼を言うと、my pleasure と言う、口先だけでない返事。人にしてもらうより、他人のことをしてあげられるのが喜びだと言うカップルだった。
 ラトローブ大学で英語を勉強している間、犬の美容院でアルバイトをした。お金が要らないと言ってタダ働きしたんだけど、ある店が自分を気に入ってくれて、労働ビザを取ってくれた。あの頃は労働ビザは取りやすかった。それでもビザを取るのに1年かかった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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