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熱血母ちゃん(1)

 木島良太の下校の足取りは重かった。ランドセルに入っている一枚の紙が、良太の足を鈍らせているのだ。良太は家の玄関の前に立ったとき、呼吸を整え、できるだけ元気な声で、「ただいま」と言った。良太の声に呼応して「お帰り!」といつもの良太のお母ちゃんの元気な声が聞こえてきた。
 良太は、正直なところ、お母ちゃんとは目線を合わせたくなかった。すぐに自分の部屋に行こうとすると、「おやつ、あんたの好きなホットケーキ、作っておいたよ。食べなよ」とお母ちゃんの声がした。「うん、ありがとう。後で食べるよ」と、良太がそのまま階段を登ろうとすると、台所にいたと思っていたお母ちゃんが、突然廊下に姿を現し、「どうしただい。おなかの具合でも悪いのかい。いつもはランドセルを放り出して、ホットケーキをぱくつくくせに」と言う。それに続いて「それとも、あんた、学校で何かしでかしたんじゃないだろうね?」と疑わし気に言われると、良太は胸がどっきりした。さすが、お母ちゃんは鋭い。そう思いながらもたもたしていると、お母ちゃんは良太の前にたちはだかって、「白状しなさい。何をした?」と、良太をにらみつけた。良太は、蛇ににらまれたカエルのように、その場に立ちすくんだ。もうこうなったら、白状する以外にないと覚悟した。
「今日、きのうやった算数のテストを返してもらったんだ」
お母ちゃんの目が一瞬鋭くなる。
「まさか、〇点を取ったなんて言うんじゃないだろうね。そのテスト、見せてみな」
良太はのろのろランドセルをおろし、算数のテスト用紙を取り出し、お母ちゃんに渡した。
「39点!何よこれ。九九なんて、この間一緒に問題見ながら教えてやったじゃないか」
お母ちゃんの顔が怒りで真っ赤になった。
「こんな点とるなんて、許せない。今日は、晩飯抜きだからね」とお母ちゃんは冷たく言い放ったかと思うと、お相撲取りのような大きな体をユサユサさせながら、台所に向かった。良太もお母ちゃんの後について行くと、お母ちゃんは振り向いて「自分の部屋に行きな。そして九九を徹底して覚えな。覚えたら、晩飯、あげるよ」と言い放った。良太はお母ちゃんが怖くて仕方がない。お母ちゃんに逆らっても勝てないことが分かっていたから、すごすご二階の自分の部屋に引き上げた。ランドセルを置くと、早速算数の本を取り出し九九を覚え始めた。6段までは自信があるけれど、7段以降となると心もとない。
「ああ、今日も晩飯抜きか」と思うと、子供ながらにため息がでた。

ちょさく

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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