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香港への旅(最終回)

「実は、パスポートが見当たらないの」
私がそういうとアイバンの顔色も変わった。
「明日の午後にはオーストラリアに帰るんだぞ。どうする気だ」と、怒鳴り始めた。私は、もう一度ハンドバックをまさぐってみた。しかし、パスポートらしきものはない。暑くもないのに、額に汗がにじみ出る。
「もしかしたら、トイレに入った時に、無意識にどこかに置いたのかも」
アイバンは私を怒鳴ってもどうしようもないと観念したようで、しばらく黙っていたが、
「次の駅で降りよう。そして駅員に事情を話して、あの駅のトイレを探してもらう以外にない」と決断を下した。
仕方なく、私達は次の駅で降りた。一つだけ助かったことは、降りた駅にはほかの線の電車がまだ走っていると言うことだった。駅員に英語で事情を話したところ、駅員はすぐに私たちが乗った駅に連絡をとってくれた。そして、今トイレを探してもらうからしばらく待つようにと言ってくれた。待つ間、手持ち無沙汰になった私は、もう一度ハンドバックを再確認することにした。その時、余り使わないポケットがあるのに気が付いた。そのチャックを開けてみると、あった!ありました。パスポートが入っていたのだ。その時の嬉しさは、色んなおいしい物を食べたり、美しいものを見た時の感動を優に超すものだった。
 アイバンに「パスポートあったわ!」と言うと、アイバンは目を吊り上げて、「ちゃんとハンドバックを見なかったのか」と怒るので、「普段使ったことのないポケットに入っていたので、見逃したの」と、小さくなって答えると、アイバンは少し気を取り直したようで、「ともかく駅員に、そのことを伝えよう」と駅員に謝りに行ってくれた。そして、私達はほかの線から来た最終電車に乗って、無事ホテルに帰ることができた。
 メルボルンに帰ってからは、友人たちから、「香港の旅行、どうだった」と聞かれる度に、この失敗談を話す羽目に陥り、その度に皆の失笑をかってしまった。
 アイバンはその後、どうしたかって?
「もう、和香子とは、旅行に行きたくない」と言っている。
私もごもっともと言わざるを得なく、あれ以来外国旅行に行きたいとも思わなくなった。

著作権所有者:久保田満里子


 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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