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おばあちゃんの映画の思い出(最終回)

もう一つ映画に関する思い出は、婚約者との出来事。昔の日本は親が決めた相手なら、ほとんど付き合いのないまま結婚するのは、当たり前の時代。年頃になった私に、うちの親が持ってきた縁談相手は、和田武さんと言う、お医者さんだった。一度だけ出会いの席が設けられて会ったんだけれど、メガネをかけたいかにもインテリと言う感じの人だった。私の方は、真面目そうな人なのが気に入ったし、相手の方も縁談を勧めたいと言うことだったので、すぐに結納を済ませたの。でも結納が済んでも、相手から会いたいとも、どこかに一緒に出掛けようと言う連絡もなく、私としては少々不満だったわ。もっと彼のことを知りたかったの。そこで、ある日見たい映画があったので、思い切って、一緒に映画に行きませんかと彼を誘ったの。親に相談したら、和田さんを誘っても構わないだろうと言ってくれたから。そしたら、今忙しいので、映画に行く暇がありませんと、そっけない返事。一緒に出掛けられると期待していたのに、その期待で膨らんだ風船がプシュッと音を立ててしぼんでしまったわ。それでも、その映画はどうしても見たかったの。映画の題?そんなものは覚えていないんだけれど、みっちゃんを誘って二人で映画に行ったの。映画館に入って席について前の席を見ると、なんと婚約者の和田さんが、若い女の人と二人で仲良く並んで座っているのが見えたの。私はショックで顔が蒼白になったわ。みっちゃんと一緒だったから、みっちゃんに私の動揺を悟られないようにするので、苦労したわ。勿論、映画の内容なんて全然頭に入ってこなかった。泣かないように我慢をしたけれど、家に帰ったとたん涙がどっと出て、親を驚かせてしまったわ。「どうしたんだ?」と驚いて聞く親に、気持ちが落ち着いたところで、「和田さん、私が映画に誘ったのに忙しいと言って、映画に行くのを断ったのよ。それなのに、今日みっちゃんと映画に行ったら、知らない女の人と一緒に映画に行っていたの」と事情を話した。親もびっくりして、早速和田さんに連絡すると、和田さんは、「ああ、秀子さんも映画に来ていたんですか?」といけしゃあしゃあと言うの。親が「娘の話では、和田さんは若い女性とご一緒だったとか」と言うと、和田さんは笑い出し、「あれは、うちの妹ですよ。映画に行くつもりはなかったんですけど、妹にねだられて行った次第で…」と言うことだった。「だから、和田さんは、別にほかに好きな女性がいるわけではないんだから、心配することないわよ」とお母さんに言われたけれど、私は納得できなかった。「結婚してからも、和田さんは、きっと妹さんのほうを大事にすることは目に見えているわ。そんな結婚なんて、私、したくない」結局親も私の気持ちを尊重して、婚約を解消してくれたわ。あの時、結婚していたら、あんたは生まれてこなかったってわけ。そういえば、私がオーストラリアに来て間もない頃、領事館に用事があって出かけ、領事館においてあった新聞を読んで、びっくりしたわ。呉から四国に渡るフェリーが沈没して多くの人が亡くなったという記事だったんだけれど、その死亡者名簿に和田さんの名前があったの。結局、和田さんとはたとえ結婚していたとしても、結婚生活は長く続かなかったんだと、変に納得したわ。

 以上がばあちゃんの話。私もばあちゃんと同じように映画を見るのが好きだけど、映画を見に行って、何かドラマチックなことが起こったということはない。もっとも90歳まで生きれば、何か人に話したい出来事も一つくらい起こるかもしれない。でも、それがテロリストの攻撃にあったとか、映画館が火事になったとかだったら、困るけれど…。

謝辞:この物語はTess McKenzieさんと、匿名希望の方の話をもとに書いたものです。お二人に感謝したい。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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