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恋物語(2)

 最初はデニスから話しかけられても壁を作って接していたのだが、そのうちデニスの誠実な人柄が和子にも分かるようになっていった。デニスは大柄で金髪で青い目の典型的なアングロサクソン系の白人だった。150センチばかりしかない小柄な和子はデニスの傍に立つと小人になったような気分になった。でも、デニスと話すのは楽しかった。今から考えれば、話すことと言えば、たわいもない天気の話とか職場のこと等だったが。デニスに会って3か月たったころ、デニスからピクニックに行かないかと誘われた。和子は一瞬ためらった。呉の町中で外国人の男と日本人の女が腕を組んで歩くのを見かけることはあったが、皆そんなカップルを冷ややかな目で見ているのを知っていたからだ。和子自身、そんな光景を見て、みっともないと思っていた。和子のためらいを見て、デニスの目に失望の色が陰った。そのデニスの失望が和子にも伝わってくると、たまらない気持ちになって和子は思わず「行きます!」と答えていた。デニスは和子の返事を聞いたとたん目を輝かし、「僕が食べ物を持って行くから、食べ物は持ってこなくていいからね」と言ってくれた。食糧難だった時だったので、デニスの言葉はありがたかった。そのピクニックをきっかけに、和子は毎週のように礼拝の後、デニスとデートをするようになった。楽しい毎日だった。春は花見に行き、夏にはビーチに行き、たまには映画にも行った。その楽しい毎日が永遠に続くのではないかと和子が思い始めた頃、突然別れがやって来た。デニスに帰国命令が出たのである。その知らせを和子に伝えるデニスの顔は、悲しみで満ちていた。和子も別れが来たと思うと絶望的な気持ちになった。デニスの前では気丈にしていて涙一つこぼさなかったが、家に帰ると一晩中泣きくれた。帰国命令が出てから何回かデートをしたが、その時は二人とも黙りこくなっていた。沈み込んでいる和子に向かって、デニスは繰り返し言った。「今オーストラリア政府は日本人を入国させることを拒否しているから、君を連れて帰れないけれど、いつか日本人にも入国許可が出るようになったら、きっと君を迎えに来るから、待ってて」
 その度に和子は黙ってうなづいた。和子は彼の言葉を信じたかったが、そんな日が来るとは思えなかった。
デニスを乗せた船が呉の港を離れた時、和子は見送りに行かなかった。人前で取り乱すのが怖かったからだ。

著作権所有者:久保田満里子


 

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2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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