Logo for novels

恋物語(3)

デニスが帰国して、和子は物思いに沈むことが多くなった。そして、ある日何かを思い定めたようにすっきりとした顔になった和子は、進駐軍の事務局に辞表を出した。和子の突然の辞職は同僚を驚かせたが、「これからどうするの?」と聞く同僚に「私、カソリックの尼僧になることにしたの」と言う和子の言葉は、皆をもっと驚ろかせた。
「私、ずっと尼僧になることを考えていたの。でも、なかなか実行する決心がつかなかったんだけど、デニスがいなくなった後、神様に呼ばれていることをはっきりと自覚したの」
 そういう和子の顔はさわやかだった。この時和子はデニスのことをきっぱり忘れる覚悟をしたのである。
 和子は尼僧になって、カソリックの学校で国語を教え、多くの女子学生に慕われる充実した毎日を送った。自分ではそれなりに幸せな毎日だと思っていたのだが、尼僧になって20年近くたったある日、昔の進駐軍の事務所で同僚だった信子から来た手紙に動揺した。
「和子さん
お元気ですか?
私は今オーストラリアに住んでいます。私は進駐軍の事務所で会ったマレー・ガーナ―と結婚して、オーストラリアに来ました。実はマレーの進駐軍時代の友人で、同じように日本人と結婚した人がいるのですが、彼の奥さんが去年病死したため、また日本人と再婚したいと言っています。子供はいません。とても良い人です。もし結婚する気があれば紹介したいのですが、いかがですか?彼の名前はケリー・ホワイトです。写真も同封しました。なかなかハンサムな人でしょう?ともかく彼の住所を教えるので、1度彼に連絡してみてください。あなたが来てくれると嬉しいわ。日本人は少ないので日本語で話せる相手に飢えています」
 和子は実は5年ほど前から、自分は子供を持たないまま、一生を終えるのかと思うと寂しい気持ちに襲われはじめていた。結婚したいという気持ちが心の底に横たわっているのを意識し始めていたのだ。それに、上司にかわいがられる和子に対して尼僧仲間の間でも嫉妬や羨望が渦巻いて、陰口をたたかれた。そして、彼女たちの皮肉な口のきき方は、和子の胸にとがったナイフで刺されたような痛みを与えた。外から見たように清らかなばかりの世界ではないと、尼僧の世界の現実に嫌気がさしてきていた。だから、ケリーに手紙を書いてみようという気になった。ケリーは、電気技師として働いていて、経済的にも安定しているようだった。和子が「子供は欲しいですか?」と聞くと「勿論です」と返事が戻ってきた。和子はまた大きな決断をした。尼僧をやめてケリーと結婚し、オーストラリアに住むことに決めたのだ。その時和子は40歳を目前にしていた。尼僧の仲間の中には結婚する和子を羨望の目でいる者もいたが、ほとんどが挫折した人という蔑みのまなざしで見ていることに和子は気づいていた。そのまなざしを見て、和子は自分の決断は正しかったと確信を持った。 

ちょさ

 

コメント

関連記事

コレ何?問十九

サザンクロス駅で見かけたこの標識…『Coach』って…バッグ?

最新記事

カレンダー

<  2024-05  >
      01 02 03 04
05 06 07 08 09 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー