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木曜島の潜水夫(20)

話は変わって、トミーたちが連れ去られた木曜島には、ジョセフィーン達が取り残されていた。ジョセフィーンもトミーのことが心配だったが、ともかく自分の家の隣に実家があるので、珠代と一緒にトミーが建てた家に住み続けていた。しかし、1942年1月30日に、島に住む女子供も24時間以内に避難をするよう命じられた。日本軍が南下した時には木曜島が重要な軍事基地になり、戦禍に見舞われると、オーストラリア軍が判断したためである。ジョセフィーンと珠代は、他の島の住民と一緒にGOODWILL(親善)と名付けられた船でクイーンズランド州にあるケアンズに連れて行かれた。これは自国民を輸送するための船だったので、トミーのような地獄の船旅ではなかったが、これからどうやって生活をしていこうかと思うと、不安でならなかった。知らない土地に無一文で放り出されたジョセフィーンは、珠代と生まれて来る子供のために、働かざるを得なかった。わずかな賃金で洗濯屋に勤め、生計を立てた。亜熱帯の地で汗だくになって毎日100枚のワイシャツにアイロンがけをすると言う日々を送っていた。妊娠した身にはつらかったが、選択の余地はなかった。ジョセフィーンは、抑留されてしまったトミーと、もう生きて会えないのではないかと不安だった。島では裕福な暮らしをしていたジョセフィーンにとって、初めて出くわした思わぬ試練だった。陽気だったジョセフィーンは、段々口数が少ない女性に変わっていった。
 トミーとのつながりを保っていたのは、お互いの近況を簡単に書いた検閲を通って手渡せられる手紙だけだった。一度だけ、珠代の写真を送ったことがあるが、トミーは毎晩寝る前にはその写真を眺めては、いつか再会できる日を夢見ていた。


ちょさ

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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