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恐怖の一週間(6)

その翌朝、目が覚めると、私は夕べ悪夢をみなかったことにまず感謝した。次に布団カバーに血痕がついていないか調べて見た。何もついていなかった。それからパジャマを脱ぐと、パジャマも丹念に調べて見た。パジャマにも血痕がついていなかった。水木のお払いは効果があったのである。私は久しぶりに晴れ晴れした気分になった。
その晩、水木が水子の戒名を書いたお札を持ってきてくれた。札には、「良霊童子」と、書かれていた。
「あなたの名前の良子の良という字を入れて、戒名をつけました。毎日このお札の前に線香を炊いて、『南無妙法連華経』と、唱えてください。そうすれば、あなたのお子さんも成仏され、あなたに災いをもたらすことはないでしょう」
そう言われて、私はすぐに線香を買いにいき、お札の前に神妙な気持ちですわり、「南無妙法連華経」と唱えた。「良霊童子ちゃん、お母さんを許してね」とも、心の中で言っていた。
恐怖が去ると、自分の愚かさのために、一つの命を絶たせてしまったことに対する悔恨の念でいっぱいになってきた。そして同時に、自分勝手だった自分の生き方に気づいた。子供を利用して、木村の愛情を独占しようとしたこと。それが失敗すると、あたかも使い物にならなくなった服を脱ぎ捨てるかのごとく、子供をおろしてしまったこと。余り、他人の立場に立ってものを考えることがなかった今までの自分の人生に気づいた。そして、あの一回の中絶で、子供ができない身になったことも、自業自得だと納得できた。
 ダンには何も話していなかったけれど、ダンにすべてを話さなければいけない衝動に襲われた。
 お札をもらった翌日、水木から請求書が来た。「請求額1000ドル」となっていた。一瞬、1時間のお祈りとお札で千ドルは高いと思ったが、あの恐怖感を思えば、2週間分の自分のアルバイト代に相当する1000ドルは妥当な金額だと思い直した。
麗子に会うと、水木の教団に入れといわれるのではないかと、少々ビクビクした。しかし麗子は、「あれから、何も変なことおこらないでしょ?水木先生の霊能力はすごいんだから」と水木を賞賛することはあっても、入信するように誘わないので、助かった。
それからダンが帰ってくるまで、平穏な日々が続いた。平穏とは言っても、私は水木に言われたように、毎日「良霊童子」と書かれたお札の前で「南無妙法蓮華経」と唱えることを忘れなかった。

ちょさk


 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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