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伊藤美緒(仮名)の物語(3)

オーストラリアに来て、色々なトラブルに出くわした。まず最初に出くわしたトラブルは、他人から荷物を預かったことから始まった。こちらについて間もなく、フェイスブックを通して知り合った日本人の若者と一度だけ一緒にお茶をしたことがある。その人は3か月オーストラリアにいたそうだが、2週間日本に一時帰国を予定していた。そこで日本に帰っている間、キャリーケース4つを預かってもらえないかと頼まれた。その時いたホームステイ先には物置小屋があったので、「それじゃあ、私のホームステイ先の物置小屋に入れておいてあげる」と気軽に引き受けたのがいけなかった。それが盗まれたのだ。大家さんは、泥棒が堂々と荷物を持って行ったので、てっきり美緒の友達が荷物を取りに来たとばかり思って、気にもとめなかったそうだ。美緒は仕事が終わって5時半に家に帰って、預かった荷物の盗難を知った。オーストラリアは安全な国だとばかり思っていたので、盗まれるなんて思いもしなかったので、ショックだった。警察にも被害届を出し、荷物の持ち主に連絡すると、彼はオーストラリアに帰ってくる途中で、上海で乗り換えするために上海にいたが、荷物が盗まれたことを知らせると、日本に引き返してしまった。当然のことながら、その人からは怒鳴りつけられた。「50万円の値打ちがあるものも入っていたんだ。どうしてくれるんだ。弁償してくれ」と言われた。ただで預かったのに50万円払えと言われるなんて理不尽だと思ったので、そんな大金払えないと言って、ひたすら謝った。その人は旅行保険に入っていなかったので、どうしようもなかったようだ。この時、気軽に荷物の管理を引き受けるものだはないと思い知った。後でメルボルンに長く住んでいる日本人と知り合った時、昔、麻薬が入ったスーツケースを知らずにオーストラリアに持ち込み、オーストラリアの刑務所に14年入れられた日本女性がいたと聞いて、ぞっとした。結局、盗まれた物は戻ってこなかったし、その人とも絶縁状態になったので、キャリーケースに何が入っていたのか、いまだに分からない。
 その翌日、仕事帰りにトラムに乗っていたら、いかにもホームレスと言う感じの悪臭のする女が隣に座ってきた。空席が多いのに、なぜ自分の傍に座るのか分からなかったが、その女の顔を見るのも薄気味悪く、顔を背けて窓の方を見ていた。早く、降りてくれないかなと思いながら、じっと悪臭にも耐えた。美緒が下りる直前、隣の女がよその席に移ったので、ほっとしたが、停留所で降りた時点で、リュックサックの中から財布と家の鍵が盗まれているのに気づいた。もうトラムは出た後だったので、慌てた。大声でトラムを止めようとしたら、車で通りかかった男の人が、「どうしたんだ」と聞いてくれたので、事情を話すと、「それじゃあ、車に乗って!トラムを追いかけてあげるよ」と言ってくれたので、すぐにその人の車に乗り、追跡劇が始まった。トラムは速度は遅いのに、こちらは信号などで止められて後れを取った。トラムにやっと追いついて、トラムに飛び乗って女を探したが、女の姿は見えなかった。運転手さんに事情を話して聞くと、その女は、その前の停留所でおりたと教えてくれた。もうあきらめる以外ないと思った。私はしょげ返って、トラムを追跡してくれた親切な男性に、だめだったと伝えると、「そうか。じゃあ、家に帰る電車賃もないんだろ?家まで送って行ってあげるよ」と言ってくれたので、彼の言葉に甘えて、引き返してもらうことにした。ところが引き返す道路を走ってすぐに信号で止まった時に、信じられないことが起こった。目の前を例の女が横断歩道を渡っているではないか。美緒はすぐに車を降りて追っかけようと、ドアに手をかけたら、運転していた男から、腕をつかまれ「やめた方がいいよ!」と引き留められた。「あれは麻薬中毒の女のようだから下手に捕まえようとすると何をされるか分からない。あきらめた方がいいよ」と言われた。確かにその女は、お酒に酔ったようにふらついていたし、目が異様に輝いていた。やっと盗まれた物が取り戻せると思ったが、私は彼のアドバイスを受け入れて、盗まれたものをあきらめることにした。財布にはクレジットカードも入っていたので、すぐに銀行に連絡してキャンセルしてもらい、家の鍵は、ハウスメイトから鍵を借りて、複製の鍵を作った。大変な思いをしたが、これも勉強だと思っていたら、数日後、警察から連絡があり、現金以外は戻ってきた。でももうあの汚らしい女が財布に触れたと思うと、気持ちが悪いので、財布を捨ててしまった。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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