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良心のうずき(1)

 ここは、日本のとある地方都市。
小春日和の暖かな日が差すベランダで、加藤清次郎は、庭の花を眺めながら、のどかな午後を楽しんでいた。すると、玄関の方で、「おじいちゃあん、いる?」と声がしたかと思うと、孫の比奈が、家の中に入って来る物音が聞こえた。
「おおい、ここにいるぞ」と清次郎は声を上げたが、良く考えたら3間しかない小屋のような家なので、大声を出す必要はないんだと気づいて、苦笑した。
「おじいちゃん、元気?」と、清次郎の前に現れた比奈は、両手に買い物袋を下げていた。
「食べ物、買ってきたからね」と言って、買い物袋の中身を取り出すと、台所のテーブルに並べた。比奈は近所に住んでいるせいか、去年妻を亡くして一人暮らしになった清次郎を気遣って、週に一回は来てくれる。
「冷蔵庫の中に入れておくからね」と、せっせと野菜は野菜室に、冷凍食品は冷凍室にと手際よく入れた。そして買い物袋の底にあった本を取り出して、
「おじいちゃん、今泉恵子のファンだったよね。彼女の書いたエッセーが発売されていたから、買ってきてあげたよ」と、清次郎に渡した。
 今泉恵子は往年の大女優で、今でも名前を知らない者はいない有名人だ。いつか比奈に今泉恵子に会ったことがあると言ったものだから、それからは今泉恵子の話が載っている週刊誌などを比奈は買ってくるようになった。
「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれ。あとで読むから」と言うと、「じゃあ、ここに置いておくわね」と、比奈は台所のテーブルの上に置いた。
 比奈は、清次郎が今泉恵子のファンだと思っているのだが、清次郎は格別彼女のファンというわけではない。しかし、50年前に清次郎の前に現れた恵子は、美しかったことだけは今でも頭に焼き付いている。
 50年前、清次郎は、一条宗雅と言う、武家の名前のような有名な琴演奏家の内弟子になった。江戸時代は、琴は盲人達の弾くものと相場が決まっており、琴や三味線の名手には検校(けんぎょう)などと呼び名を与えられ、生活費を稼ぐために高利貸しをすることを幕府から認められていたと言う。正月には必ずと言っていいくらい商店街などで流される「六段の調べ」と言う曲は八橋検校と言う人の作曲だが、この人も盲目だった。清次郎が師事した一条も盲目だった。清次郎は、一条の作曲した春をモチーフとした曲の美しさに魅せられ、一条の内弟子となったのだ。だから、清次郎は、一条に琴の師事を仰ぎながら、一条の目となって、一条が出かける時には、いつもお供をすることになった。一条の稽古は厳しく、「こんな曲も弾けないのか、馬鹿が!」と罵倒され、時には癇癪を起した一条に平手打ちを食わされたことさえもあった。その度に、お手洗いに隠れて泣いた。しかし、清次郎は、一条の元を離れようとはしなかった。勿論、一条の琴に魅せられたこともあるが、一条に美しい娘、鶴がいたからである。鶴は一条の弟子たちから憧れの目で見られ、一条の跡を継ぐのは、鶴と結婚する者だと、皆暗黙裡に理解していた。だから、清次郎は、鶴に惚れたこともあり、一条の心をつかむことに一生懸命だった。
 一条のもとには、色んな人物が弟子入りした。勿論、結婚するための手習いとして来る名家の娘も多かったが、清次郎と同じように、一条の跡を継ぎたいと野心を持つものも少なからずいた。清次郎が一番のライバルだと思っていたのが、木原直治と言う男だった。木原は清次郎よりも後に弟子入りしたが、上達が早く、一条に目を掛けられるようになった。それに清次郎が四角い武骨な顔に対して、直治は色白な優男で、直治のほうが、女性受けした。
 清次郎が心安らかではいられない日々を過ごしていた時、今泉恵子の所属している芸能事務所から、今泉恵子の琴の手ほどきをしてほしいと、一条に依頼があった。恵子が今度、江戸時代の商家の娘を演じることになり、琴を弾く場面があるので、琴の特訓をしてほしいと言うのだ。一条は、人気女優だと聞き、すぐに恵子の稽古を引き受けた。その頃、恵子はまだ18歳だった。

これはフィクションです。
ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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