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もしも、あの時(1)

 人生の中には、「もしも、あの時、あんなことが起こらなかったら、自分の人生は違ったものになっていただろう」と思うことがある。これは、オーストラリアのメルボルンで起こったそんな物語である。

 その日は風が冷たい、9月の下旬とは言え、肌寒い日だった。メルボルンは、フットボールの決勝戦で、町中が浮かれていた.
 ポールとケビンは待ちに待った日の到来で、気分が高揚していた。何しろ彼らが贔屓にしているチーム、エッセンドンが決勝戦に出ることになったのだから。ポールとケビンは高校時代からの大の親友だった。同じ私立高校に行き、お互いにエッセンドンのファンだということが分かって意気投合した。大学も同じメルボルンの名門大学に行った。卒業後、ポールは銀行員になり、ケビンは建築士になったが、週末はいつも会っては一緒にパブに行ったり、色んなスポーツの試合の観戦に行ったりしていた。二人はともにまだまだ血気盛んな24歳であった。どちらもがっちりした体格だが、ポールは背の高さが178センチとオーストラリア人としては高いほうではなのに対して、ケビンは190センチののっぽだった。
 フットボールの決勝戦の入場券を手に入れるのには皆苦労をするのだが、子供の頃からのファンだったポールもケビンもエッセンドンのファンクラブに所属していたおかげで、簡単に入場券を手に入れた。
試合は午後2時から始まるのだが、午前10時の開場を待って人々はメルボルンクリケット場になだれ込んだ。観客は10万にもおよんだ。肌寒い日にもかかわらず、会場は熱気に包まれていた。午後2時きっかりに、人気歌手がオーストラリアの国歌、『Advance Australia Fair』 を声高々に歌ったあと、試合の幕が切って落とされた。
ポールとケビンは他のファンと同じように、試合前から興奮の渦にまかれていた。だから試合が始まって、エッセンドンが点を入れる度に、席から立ち上がって大声で叫び、エッセンドンに声援を送った。試合は接戦だった。ジーロングが6点入れれば、エッセンドンが6点入れる。またジーロングが1点を得る。試合終了のサイレンが鳴ったのは、101点対103点でジーロングに2点リードされている時だった。ポールとケビンは、エッセンドンがたった2点差で負けた悔しさに、二人で肩を抱き合って泣いた。
 試合が終わった1時間後、二人はフットボール競技場の近くのパブに入り、ビールを飲んでいた。そのままうちに帰る気にはなれなかったのだ。お互いにビールを買って来ては飲んだが、結果的には何杯飲んだのか、覚えていない。パブを出た時にしたたか飲んではいたが、それで足がふらふらすると言うこともなかった。外の空気はひんやりしており、酔ってほてった顔には気持ちよく感じられた。二人はフィッツロイ公園に入った。フィッツロイ公園にはオーストラリア大陸の発見者、キャプテン・クックの生家がイギリスから運ばれて建てられていて、観光名所の一つになっているが、夜の10時過ぎともなると、人影はなかった。木々に囲まれた公園の芝生の上に一本の小道がついており、二人はその小道を駅に向かって歩いていった。その日は満月の夜で、空には異常に大きな月が見えた。月の光と街灯に照りだされて、ベンチや木々が光って見えた。二人は、へまをしでかしたエッセンドンの選手を罵りながら歩いていたが、公園の中ほどに来た頃であろうか.目の前に一人の女がよたよた歩いて来るのが見えた。二人はおやっと言う風に顔を見合わせた。こんな時間に女が一人、まるで酔った様に歩いているのは、ただ事とは思えなかったのだ。二人は申し合わせたように、女の方に向かってかけ出した。酔いは一変に醒めていた。女に駆け寄ったときは、走った勢いでぶつりそうになった。女は25歳ぐらいで、ほっそりしており、かなりの美人であった。この寒いのに、きれいな黒色のワンピースは引きちぎられ、素肌が見えた。


著作権所有者:久保田満里子

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本当にめちゃめちゃ楽しかったです

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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