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もしもあの時(7)

二日後、警察から出頭するように連絡があった。何か進展があったらしい。取調室に入れられると、写真を見せられた。
「あんたが、公園で会ったというのは、この女かね?」
写真を手にとってみると、少し赤みがかった髪、長い睫のなかなか魅力のある顔の女が写っていた。あの時は髪が乱れていたし、泣き顔だったので、顔だけを見ると、あの時の女だとは確信を持っていえなかったが、ほっそりとした体つきは、あの夜会った女のようであった。
「暗闇だったので、100パーセントこの女だとは言いきれませんが、この女だと思います」と写真を返しながら言った。
「この女のレイピストは捕まらずじまいなんですか?」と聞くた。女さえ見つかれば、本当にレイピストが捕まるのも時間の問題だろうと思った。しかしポールのこの質問に、取り調べの刑事が皮肉な笑いを浮かべた。
「この女はレイプされてはいないんだよ」
「えっ?どういうことですか?」
「レイプされたというのは、この女の作り話なんだよ」
一瞬、何を言われたのか、理解に苦しんだ.
「作り話?どうしてこの女が作り話なんかしたんです?あの時、この女は泣いていたし、服も乱れていたし、、、」
「どうして嘘をついたか、我々も理解に苦しむのだが、、、。なんでも、あの日、恋人と大げんかして、あの公園の近くで恋人の車を降りて、あの公園に行ったんだそうだ。恋人が自分のことを気遣って車を降りて追いかけてくれると期待したのに、そのまま走り去ったのに腹を立てて、レイプされたと言えば、恋人が自分を置き去りにしたのを後悔するに違いないと思ったのだそうだ。それで、一世一代の大芝居をうったんだってさ。それに君たちがやすやすと引っ掛けられたって訳さ」
「そんな、、、」後に続く言葉はなかった。あの女の嘘を真に受けて、自分は殺人まで犯してしまったのだ。女に対する憎しみが胸の中でふつふつとこみ上げて来て、刑事の顔をまともに見ることができなくなり、うつむいて握った拳を固く握りしめた。
刑事は、そんなポールの気持ちを無視して言った。
「ともかく、あの女の証言がとれて、一応事件の全貌が分かったので、裁判までには、そんなに時間はかからないだろう」
「あの女に会わせてもらえませんか?」
「どうしてだ?」
「このままでは、気が済みません」
「またあの女を殴るつもりかね。そしてまた傷害で起訴されたいのかね。やめとけ、やめとけ」
刑事の言う通りだった。あの女の嘘を真に受けた自分を恨むしかなかった。

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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