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もしもあの時(9)

リチャードは、愛人だったジェームズが生きていた最後の日の様子を次のように語った.
「あの日は、友達の誕生日の祝いをするためにあの公園の近くのレストランに行ったんです。10時頃パーティーはお開きになって、あの公園を通って、駅に向かっていたのですが、途中でポサムがゴミ箱をあさってパンを拾いだしてかじっていたのを見つけて、その可愛らしさに二人で見とれていたんです。そしたら突然どこからともなく二人の男が現れて、僕らに向かって血相を変えて走って来るのが目に入りました。その時、ホモ嫌いの男達が僕たちに襲いかかってきたのだと恐怖を感じ、反射的に逃げ始めました.途中で二手に分かれて逃げたんです。その方がいいと思って。僕の方はどうにか逃げ切れたのですが、、」そこまで言うと、リチャードは声をつまらせ、下を向いた.
「その後、ジェームズ氏の様子を見に行ったのですか?」と、検察官が聞いた。
「いいえ、こわくてその公園には引き返しませんでした。ジェームズは僕より先に帰っているかも知れないと思って、うちに帰ったんです。でも、いくら待っても帰ってこなかったんです。一晩中寝ずに待っていたんですが。まさか殺されたなんて思いもしませんでした」と声を震わせながら言った。うつむいた彼の肩の震えから、リチャードが泣いていることが窺えた。
「それからどうしたんですか?」
リチャードは呼吸を整えて、続けた。
「明け方を待って、警察に行きました。そこで、もしかしたらセント・ビンセント病院の前で死んでいた男ではないかと言われ、遺体の確認をさせられました。随分殴られたようで、顔が腫れ上がっていて、すぐにはジェームズだと確認できませんでした」そして泣き崩れた.
リチャードの深い悲しみは法廷にいる全員に伝わって来た。ポールもケビンも、リチャードの顔をまともに見ることが出来ず、うなだれた。
次に法廷に呼ばれたのは、あの女であった。ポールもケビンもその時初めてあの女がキャシー・レイモンドと言う名前だということを知った。事件の時は取り乱していたあの女は、今日は髪をアップにまとめ黒いスーツとハイヒールで身を包み、別人のように見えた。女はポールが刑事から聞いたことを繰り返して言った。そして、「まさか殺人事件になるなんて思いもしませんでした。本当に亡くなった方には、申し訳ないと思っています。でも私は決して、あの人達に、レイピストをやっつけてほしいなんて言いませんでした。私がけしかけた訳じゃないんです」と、自己弁護した時は、ポールははらわたが煮えくり返った。あの女があんな嘘をつかなければ、自分は殺人犯にならずにすんだのに。
その後、ケビンが呼ばれた。ポールとケビンは、この事件の後、疎遠になってしまっていた。お互いにこの事件の日のことを思い出すのがつらくて、避けるようになっていたのだ。
ケビンは、あの日のことを淡々と述べた。あの女に会ったときのこと。それからポールと一緒に公園を走り回って、リチャードとジェームズを見かけたこと。二人が逃げ出したので、てっきりレイピストだと思ったこと。リチャードを追ったケビンは、リチャードに逃げ切られ、引き返したときは、ポールの足下でジェームズがぐったりしていたこと。そして二人ともパニックに陥って、二人で病院の入り口までジェームズを運び、そのままタクシーでうちに逃げ帰ったこと等。あの女の話を聞いた所で、すぐに警察に連絡すれば良かったのに、しなかったことが悔やまれてならないと付け加えた。そして二人とも、少しレイピストを懲らしめてやろうと思っただけで、殺意はなかったとも言った。
 ポールの番が来た。あの日起こったことを振り返り、検察官と弁護士の質問にできるだけ冷静になって答えた。ポールが犯人だと分かっているので、どんな刑が科せられるかだけが論点となっていた。弁護士は、あの日はポールが普通の精神状態ではなかったことを強調しようとした。ひいきのチームが負けて気分がむしゃくしゃしていたこと。そしてもっとも悪いのは、あの嘘つき女であり、ポールはただ正義の熱血漢で、それが行きがかりじょう、不幸な結果になったと述べた。彼の正義感の強さを証言するために、ポールとケビンのフットボールのコーチだったジャック、そして大学時代のクラスメートだったピーター、そして会社の同僚だったフランクが証人台に立ち、ポールがいかに好青年だったかを証言してくれた。

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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