Logo for novels

私のソウルメイト(19)


 私はロビンの会社に行くたびに、ロビンに会えるのではないかとかすかな期待を抱いていくのだが、そのチャンスはなかなか訪れそうもなかった。
2月11日は結婚記念日だったので、フランス料理で有名な「ペティシュー」と言うレストランにアーロンと出かけた。いつも結婚記念日には、カードを贈りあい、レストランに行く。それが二人の長年の習慣になっていた。今年アーロンのくれたカードには、「結婚記念日、おめでとう。ラブ アーロン」とだけ書いてあった。よくアメリカ映画で夫婦同士で『ダーリン』と呼び合い、『愛してる』と毎日のように言っているのを見るが、オーストラリアでは『愛している』を連発する夫婦は少ないように思える。オーストラリアはもともとイギリスの流刑囚によって作られた国だから、どちらかといえばイギリス気質の人が多いせいかもしれない。イギリス人はアメリカ人のように感情をあらわにしない。若い人はともかく、私たちの年代の人はアメリカよりもイギリスの影響を受けている人が多いからだろう。アーロンから結婚してこのかた、面と向かって「愛している」といわれたことはないし、私も言ったことがない。お互い、照れくさいのだ。
 フランス料理のお店は、静かで落ち着いた雰囲気だった。テーブルにはろうそくがともされ、薄暗い店内と、ソフトなバロック音楽がロマンチックな雰囲気をかもし出している。ウエーターに案内されて座った席は窓際の外の通りが見えるところだった。メニューはフランス語で書かれ、英語で説明が書かれていた。前菜として牡蛎を注文し、メインコースには、牛肉のステーキを頼んだ。アーロンの注文した赤ワインが私たち二人のグラスに注がれ、二人で「結婚記念日おめでとう」と言ってグラスをかちあわせた。しかしその後、一体何を話したらいいのか、困ってしまっている自分に気づいた。色々な経験を共有できないのだ。京子の買ったアパートの件、ロビンのことは、アーロンには話せない。それ以外の話題となると、今の自分には話すことがないのだ。アーロンも黙々とワイングラスを傾けている。そうだ、共通の話題があった。それは、ダイアナだ。そこで、思い切って言ってみた。
「ねえ、ダイアナはレスビアンじゃないかしら」
「えっ?どうしてそう思うんだ」
グラスをテーブルに下ろして、興味深そうにアーロンは私の顔を見た。
「あの、年頃の子だったら、ボーイフレンドの一人や二人いても不思議じゃないのに、全然その気配がないし、いつもエミリーと一緒なのは異常じゃない?」
「奥手なんじゃないかないか。それに、レスビアンだったら、何か困ることでもあるのか」
「困ることって、勿論あるわよ。そうなれば私たち、孫の顔を見ることはできないわ」
アーロンは苦笑いしながら、
「今頃は人工授精の技術もすすんでいるからね。優秀な精子をもらって、人工授精をすれば子供はできるわけだから、レスビアンだからって、すぐに孫の顔が見られないと結論付けるのは、おかしいよ。げんに、ペニー・ウォングという女性の大臣だって、自分のパートナーが出産したといって、喜んでいるニュースがあったじゃないか」
「それじゃあ、あなたはダイアナがレスビアンだって、構わないって言うの?」
「僕が構うか構わないかの問題じゃないよ。もしダイアナがレスビアンだったって、僕たちが何とかしてレスビアンをやめさせることができると思うのか。レスビアンは本人が選択して決めることじゃないだろ」
アーロンと議論をすると、いつも彼の理路整然とした議論に負かされてしまう。時々、アーロンには感情と言うものがないのだろうかと思うことがある。
「それも、そうね」
ともかくダイアナに本当のことを聞いて見なければ、今話していることは意味のないことだった。
「仕事のほうはどうなんだ」と、アーロンが聞いてきた。
「そうね。毎日技術翻訳するって言うのは、退屈だわ。あなたのほうの仕事は?」
「今、新しい顧客の開発で忙しいよ。段々競争相手が多くなってきたからな」
「そう」
はっきり言って私には、余りアーロンの仕事には関心がなかった。そこで話題は切れ、また沈黙が訪れた。周りのカップルを見ると、私たちのように黙々とワインを飲んでいる人たちもいれば、楽しそうにおしゃべりを楽しんでいるカップルもいた。
「ねえ、あそこで、楽しそうに話しているカップル見て。きっとあの人たち知り合って間もないのね。だからあんなに話すことがあるのよね」とアーロンに言ったが、アーロンは前菜を食べるので、忙しく、返事をしなかった。窓に視線を移した私は、一瞬心臓がとまるかと思った。窓の外をロビンが美しい女性と歩いているのが見えたからだ。ロビンの連れは、私と同年代の女性で、豊かな胸をあらわにした緑色のドレスを着ていた。そして二人は私たちのいるレストランのドアを開けて、中に入ってきた。思わず、窓のほうを向いて顔を見られないようにした。心臓はまだドキドキしている。しかし、アーロンに私の気持ちを気づかれたくない。私はできるだけ平静を装った。幸いにもロビンたちは私の顔が見えない遠くの席にウエーターに案内された。その後、私も黙りこくなって、食べることに集中した。そして、できるだけ彼らを無視するように努力した。しかし、心の中には嵐が吹き荒れていた。嫉妬と言う嵐が。
アーロンは、私のそんな気持ちに全く気づかないようだった。

著作権所有者:久保田満里子


コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2024-04  >
  01 02 03 04 05 06
07 08 09 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー