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私のソウルメイト(23)


 1週間がたつのは早く、金曜日が来た。ダイアナとも仲直りもできず、ロビンとも会えず、暗い気持ちで過ごした1週間だった。12時に京子は私のうちに来て、二人で近くのカフェに行ってお昼ご飯を済ませた。京子はイタリア料理のブルシェッタ、私はフィッシュ・チップスを食べた。その後、私の車で、バーウッドにあるマクナマラ先生のクリニックに行った。2時の約束だったが、早目にうちをでたため着いたのは15分前だった。マクナマラ先生のところでは予約制になっており、一人30分の時間をとってあるせいか、待合室には誰もいなかった。確かに精神科医のところで知り合いに会うのは、気持ちのよいものではなかろう。受付で、名前や住所などを書類に記入させられた。待合室には、雑誌がテーブルの上にのっており、テレビがついていた。知らないお医者さんに初めて会うので緊張したが、京子がその緊張をほぐしてくれた。
「うちの亭主、きのう未亡人のうちに配管がつまったからと呼び出されたんだけど、その未亡人、ご主人が死んだ後、ご主人が10軒も家を買っていたのを知ってびっくりしたんだって。ご主人が生きているときは結構質素に暮らしていたのが、今は10軒の家の大家と言うことで、優雅に暮らしているということよ。うちの亭主も、私が死んだ後100万ドルもするアパートを持っていることを知ったら、どう反応するかと思ったら、楽しくなっちゃったわ」と、楽しそうにくすくす笑った。
「それは、大喜びするに決まっているわよ」
「そうね、そして若い女と再婚しちゃったりして」
「そこまでは、分からないけれど」
 そこで、看護師が私を呼びに来た。
「じゃあ、また後で」と京子に手を振って、看護師の後をついていくと、大きな机の前に座っている、あごひげをはやしている50歳くらいの背広を着た男の前に連れて行かれた。
その男は「マクナマラです」と、すぐに握手を求めてきた。
「もとこです」と握手をすると、
「おかけください」とすぐに椅子を勧められた。いつの間にか看護師は消えていた。
「どうしましたか」とすぐにきいてきた。
「マクナマラ先生が退行催眠をなさると聞いたので、来ました。実は私には非常に気になる人物がいまして、一体その人と私は過去世で、どんな縁があったのかと最近気になって仕方がないものですから、その解明を図りたいとおもってきました」
「なるほど。ブライアン・ワイズの本を読んだんですか」
「はあ。先生もご存知ですか」
「いや実は僕は彼のワークショップに出たことがありましてね」
「そうなんですか」それを聞くと、なんとなくこの医者に親しみが持てるような気がした。
「催眠にかける前に言って置きますが、皆が皆催眠にかかるわけではないので、この方法があなたにとって有効かどうかは保証できないのですが、それでもいいですか」
「勿論、構いません」
「それじゃあ、こちらの長いすに横たわって、リラックスしてください」
黒いレザーでできた180度リクライニングできる椅子に座ると、ほとんど180度にまで倒された。部屋のカーテンは引かれ、部屋は薄暗くなった。
「今から私の言うことを聞いて、想像してください。あなたは今砂浜に寝転がっています。太陽がさんさんと輝き、海から涼しい風があなたの頬に吹いてきます。聞こえてくるのは、波の音だけです。リラックスしてください。息をゆっくり吸って、ゆっくりはいて。もう一度息を吸って、息を吐いて」
 マクナマラ先生の声がささやくように聞こえてくる。私は息を吸ったりはいたりしているうちに、瞼が重くなってきた。
「あなたの足の指の力を抜いてください。息を吸って、吐いて。貴方の足はだんだんリラックスしてきます。さあ、次は足の甲の力を抜いてください」
マクナマラ先生はゆっくり、私を催眠状態に誘導していく。足から腰、腰から胸、胸から首と頭のてっぺんまで行った後、
「あなたは今大きな図書館の前に立っています。この図書館の中にはあなたの過去世を記した本があります。さあ、中に入ってみましょう」
私の頭の中にはその図書館がはっきり浮かんできた。まるで古代の遺跡のように見える石造りの大きな建物が見える。
「さあ、階段を降りて地下に行きましょう。さあ、貴方の過去世が書いてある本を本棚から取り出してください」
私は言われるままに、とある本棚の前に立つと、手が自然に伸びて、一冊の本を取り出した。それは、金で縁取られた、古くて高価に見える本だった。手にかかる本の重みを感じながら、真ん中のページを開いてみた。すると、私の体はくるくる回って、過去の世界に落ち込んでいくように思われた。私はこれから繰り広げられる過去の世界に不安を感じると共に、期待で胸が膨らんできた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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