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私のソウルメイト(33)

 京子の家の100メートル手前で、私は京子を下ろした。京子の家の玄関には明かりがついていた。京子の家族が彼女の帰りを不安な気持ちで待ちわびているのだ。フラフラしながら家に帰っていく京子が、自分の家のドアを開けて中に入るのを見届けて、私は暗い車の中に5分きっかりいた。そして、車を京子の家の前につけた。
 京子の家の呼び鈴を鳴らすと、しばらくして、ドアが開いた。ドアを開けたのは、ダイアナだった。
「あ、ママ、どうしたの?」とダイアナは驚いた顔をした。
「京子さんのことが心配で、色々心当たりを探してみたけれど見当たらなかったので、もしかしたらもう家に帰っているかもしれないと思って来たんだけど、帰ってきた?」と、言うと、
「うん。今さっき帰ってきたけれど、今取り込み中よ。おじさんはカンカンになって怒っているし、おばさんは泣きながらごめんなさいを繰り返すだけだし」
 私はみんなのいる居間に行くと、京子はソファーにうなだれて座っており、その前にロベルトが立ちはだかって、怒りをぶちまけている。
私は事情は何も知らないふりをして、
「京子さん、一体、どこにいたの?皆で心配していたのよ。私も心当たりを探して回ったんだけど」
京子の代わりに、ロベルトが答えた。
「今まで、時間も忘れて、昔の友達と飲んでいたんだってさ。あきれてものも言えないよ」
京子は蚊の鳴くような声で
「長くいるつもりはなかったんだけど、昔話につい夢中になって、時間を忘れていたの。ごめんなさい」と言った。
「でも、無事でよかったわ。まあ、もう夜が遅いから寝たほうがいいわ。話は明日聞くことにしましょうよ」と私が取り繕うように言うと、ロベルトは
「そうだ。もう真夜中過ぎているんだ。子供がナイトクラブで夜更かしするのは、まあ仕方がないにしても、いい年をして、はめをはずすのもいい加減にしろ!」と、まだ怒りが静まらない様子で怒鳴ると、寝室のほうに消えてしまった。
そして、フランクも「ママ、お休み」と言って、京子にお休みのキスをして部屋に引っ込んだ。
エミリーも「ママ、私ももう寝るわ。これから、どっか行くときは連絡してよね」と言った。いつも京子がエミリーやフランクに言っている言葉なのだが、今度は立場がまるで逆になっていた。
そして、私に向かって
「おばさん、お騒がせしてすみませんでした」と子供のいたずらを親が代わって謝るように私に言った。
「いいのよ。無事だったことさえ分かれば。私ももうこれで失礼するわ」
と言い、
「じゃあ、京子さん、また明日ね。ダイアナもお休み」とダイアナの肩を抱いてお休みのキスをして、京子の家を出た。
どうやら、これ以上の騒ぎにはならないようで、ほっとした気持ちで家に帰った。家ではアーロンが、もう床についていたが、まだ寝てはいなかったようで、私がベッドに身を横たえると、
「京子はみつかったのか?」と聞いた。
「ええ、昔の友達に会って、ナイトクラブで飲んでいたんですって」と答えると
「ふーん。京子は少しワイルドなところがあるからなあ」と言うと、またすぐに眠りにおちいった。
私は今日起こった色々なことを考えながら、京子はどうするつもりだろうと思いながら、眠りについた。
 翌朝、京子から電話がかかってきた。
「夕べは、ありがとう。ロベルト、怒っていたけれど、何も気がついていないみたいで安心したわ。電話じゃ余り話せないからまた、火曜日に来てね」と言うことだった。
 火曜日に京子のアパートに行くと、京子は一人でDVDを見ていた。
「私、どうなるかと心配したわよ。あれから、ケビンに会ったの?」と聞くと
「いいえ」
「じゃあ、浮気だったわけね」
「そういうこと。だって、ロベルトといたって、ちっとも面白くもおかしくもないけど、ケビンといると、心が高揚するのよ」
「分かるわ。余りにも長く一緒に暮らしていると、空気みたいな存在になるのよね。私もアーロンと二人でいるとき、日常生活の延長で、もうこのまま何の心のときめきもなく、人生終わってしまうのかなあと思っていたとき、ロビンに会って、また昔のように胸のときめきを感じることができたのよ」
「そう言えば、この間喧嘩になってしまって、退行催眠の結果を聞かなかったけれど、今度はどんなことが分かったの?」
「この間見た人生は、江戸時代の百姓だったわ」
「お百姓さん?あなたの人生って、皆さえないのね」
「だって、考えて御覧なさいよ。江戸時代の人口のほとんどは百姓だったんだから、確率から言えば、百姓だった可能性が一番高いんだから、当たり前よ」
「はいはい、分かりました。それで、その人生で、またロビンに会えたの?」
「そう。その人生では、私は男で、ロビンは私の妻だったのよ。アーロンも出てきたわ」
「それで、アーロンとはその人生ではどんな関係だったの?」
「私の父親」
「そう。そう言われてみれば、あなた随分アーロンに頼っているから、あなたの父親だったって言うのは、納得できるな。で、私は出てこなかったの?」
「出てきたわよ。あなたも百姓で、男だったわよ」
「ええっ、また貴方と一緒にさえない人生を送っていたの?」
「そうみたい」と私たちは顔を見合わせて、くすくす笑った。
「でも、この人生、随分厳しいもので、年貢が納められなくて、私が直訴する役目をしなければいけなくて、随分悩んでいたわ」
「へえ」
「だって、その頃は、直訴した人間は死刑って決まっていたんだから」
「それで、あなた、死刑になったの?」
「それが途中でいつものように時間切れになって、直訴する決心をするところまでは、見たんだけど、その後どうなったかは、分からないの。また今週の金曜日に分かるわ」


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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