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私のソウルメイト(34)

「そう。貴方には、夢があっていいわね。私、くじに当たって、これから何でもできるって喜んでいたんだけれど、実際には、毎日退屈で仕方なくなったの。お金でできることって、本当に限られているんだなと思い始めたわ」
「そうね。お金がなければ、不幸せだと思うのは、錯覚だよね。少ない食べ物を皆で分け合って食べた時代って、結構幸せだったんじゃないかな。名前は忘れちゃったけど、オナシスの娘の話を読んだことあるわ」
「オナシスって、ギリシャの造船王のこと?」
「そうそう。ケネディ大統領の未亡人、ジャッキーとも結婚したので有名だわよね」
「そのオナシスの娘がどうしたって?」
「その娘さん、お父さんが残してくれた財産で、大金持ちになって、好きになった男と結婚したんだけれど、その男って金目当てで彼女と結婚したものだから、他に好きな女を作って、うちを出てしまったんだって。それでも、彼女、その男を手放したくないものだから、お金で何とか男をつなぎとめようと思って、その男が愛人と一緒に住むことも認めて、離婚だけはしなかったそうよ。そして結局彼女自殺をしてしまうんだけれど、愛する男に愛されない女って惨めだよね。ダイアナ后だって、チャールズ皇太子との結婚が破綻してからいろんな男を愛人にしたけれど、さびしい人だと思ったわ」
「世の中、うまくいかないものよね。ダイアナ后、あんなにいろんな人から愛されたのに、肝心の愛してほしいと思っている男から愛してもらえなかったなんて、気の毒だよね。まあ、ロベルトには色々腹が立つことがあるけれど、まあ、家庭を大切にしてくれることだけは、感謝しなくちゃいけないのかもね。なんで、こんなしみったれた話になっちゃったのよ」と京子は、腹立たしそうに言った。
「京子は中年の危機になっているんだと思うわ。何か趣味にうちこんだら、どう?退屈だから、つまらないことを考えたりやったりしてしまうのよ。たとえば、あなたはお金を持っているんだから、慈善事業なんかやったら、どう?」
「慈善事業って、たとえばどんなことがある?」
「アフリカとかアジアの貧しい国に、学校でも建てて、創設者になるとか」
京子はそれを聞いて笑い始めた。
「そうか、それも楽しいかもね。何か考えてみるわ」
「でもね、慈善事業の団体に、連絡しないほうがいいわよ。いつだったか、くじですごい大金を手に入れた人が、あちらこちらの団体から寄付を頼まれて、結局当たったお金全部なくしてしまったっていうこともあるらしいから」
「そうね。くじで大金を手に入れて、人生が狂った人って、多いみたいね」
「そうよ。くじで当たったお金で高級スポーツカーを買って、事故死した人とかもいるからね」
私たちは、京子のお金をどう使えば、一番有効だろうかと言う話で盛り上がった。私はその後、京子のアパートを後にして、この調子なら京子は大丈夫だろうと安心した。
 金曜日が来て、またマクナマラ先生のクリニックに行った。4回ともなれば受付のおばさんとも顔見知りになり、名前を言わなくても、顔を見て「ハロー、ミセス・ヒッキー」と挨拶してくれるようになった。
 その日はまたマクナマラ先生のささやくような声を聞きながら、私は催眠の世界に入っていった。
「あなたは、今江戸時代にいます。そして、いなごの災害のため年貢免除の直訴を願い出ようとしています。それから、どうなりましたか?」
「私が、身の回りの整理をするために、子供たちに言い残したいことなどをしたためていると、勇助がやってきました。勇助というのは、京子さんです。勇助は、庄屋さん一人に責任を押し付けるのは忍びないので、自分も直訴の仲間に加えてほしいと申し出てくれました。でも、勇助のうちには、小さな子供が3人もおり、その上女房も今おなかに子供を孕んでいます。気持ちはありがたいが、自分の家庭を守ることが今の勇助に課せられた仕事だと、私は勇助を諭し、家に返しました。とぼとぼ家から遠ざかっていく勇助の後姿を見て、私は心の中で、勇助の気持ちに手を合わせていました。
 家の整理もつき、直訴状も書き上げた2日後、私は村の衆に見送られて、直訴するために村を出て行きました。妻のお久は私が直訴する決心を伝えたときから涙に暮れていましたが、私が出発する日、もうどうにもならないと覚悟を決めたためか、もう涙を流しませんでした。その代わり、こわばった表情をして、「いってらっしゃいませ。子供たちは立派に育てて見せます」と言ってくれました。父親の善兵衛も、「立派にお役目を果たしてくれよ」と言って見送ってくれました。

著作権所有者:久保田満里子


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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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