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私のソウルメイト(56)

「フリーメイソンって聞いたことある?」
私は黙って首を横に振った。
「宗教を超えて神を信じる人たちが集まってできた友愛を掲げる団体なんだけど、会員だってことを口外してはいけない規則があってね、君には言わなかったんだけど、実は僕はフリーメイソンの会員なんだよ」
「それじゃあ、毎月一回ある会議って言うのは、フリーメイソンの会議だったわけ?」
「そうだよ」
私は安堵の胸を撫で下ろした。
 翌日私は京子のアパートを訪れ、京子にそのことを報告すると大笑いされた。
「全く、あなたは心配性なんだから。ところで、フリーメイソンって、有力な人しか入れない団体だって聞いたことがあるわ。その会員なんて、ロビンもたいしたものじゃない」
「京子さんは、フリーメイソンって聞いたことがあったの?」
「うん。『ダビンチ・コード』って、映画化もされた小説で、日本でも一躍知られたみたいよ。もともとはキリスト教徒でないと入れなかったみたいだけど、今は無神論者以外はだれでも入会できるって聞いたわ」
「ふうん。そうか。一緒に暮らしていても、ロビンについて知らないことがあるんだと思ったら、ちょっとさびしかったわ」
「自分自身でも知らないことがたくさんあるんだから、他人のことを全部知ろうなんて無理よ」と京子は私のウツウツした気持ちを笑い飛ばした。
 ロビンと結婚してから三年の月日が流れた。この三年の間に色々なことがあった。
 まず、ダイアナが大学を卒業して、経済的にも一人立ちできたことだ。銀行に勤め始めたダイアナは、預金額のノルマを課せられて大変そうだったが、ロビンが知人を次々紹介してくれたため、今ではその支店で一番の業績をあげている。ロビンの紹介してくれた人達はフリーメイソンの会員が多いのではないかと思うのだが、ロビンに直接聞いたことはない。ダイアナは今でも仲良くエミリーと一緒に暮らしている。そのエミリーもデザイナーをめざしていたが、今では食器のデザインの仕事をしている。
 京子にもいろんなことがあった。京子がタツロットを当てたことが、ロベルトにばれた時は大変だった。たまたま京子のアパートの水道管の漏れで呼んだ配管工がロベルトの知り合いで、京子の持っているアパートがロベルトに知られてしまったのだ。その時の騒動は今だから笑って話せるが、その時は彼女達も私のように、離婚組の仲間入りをするのではないかと思った。ロベルトが怒って家をでてしまったのだ。京子とフランク、エミリーが一緒になってロベルトを慰めた結果、ロベルトはやっと京子のもとに帰り、仲直りをして事態は収まった。それからロベルトは配管工をやめて、京子夫妻は豪華船に乗ってヨーロッパへ半年の旅に出かけ、帰ってからは、ますます仲良くなったようだ。結局二人は古い家を売って、今では、あの超豪華マンションに住んでいる。
 私は、今でもロビンと仲良く暮らしている。いつだったかロマンチックな愛が続くのは一年半だと聞いたことがあるが、私とロビンに関しては、それは嘘である。私は今でもロビンと一緒にいるだけで、幸せな気持ちになる。多分これは二人で過ごす時間が限られているためだろう。
 ロビンは相変わらず仕事で忙しくて、夜もコンピュータの前に座っていることが多いが、私は退屈して、彼に後ろから抱きつく。彼は、「今仕事中だからやめろよ」と怒るのだが、その怒った顔が私にはかわいく思える。そう言うとロビンは「君は、変わっているね。僕が怒るとうちの社員なんかそれから一日は僕の周りの半径2メートル以内には近づかないよ」と笑う。
 週末手をつないで公園を散歩したり、ポップコーンを食べながら映画を見るといったシンプルなことにも、幸せを感じていた。
 ロビンが休暇を取れるのはクリスマスの前後だけだが、その時二人で三週間の旅行をするのは、私の一番の楽しみになっていた。ロビンと結婚して最初の年は、アメリカのカリフォルニアに住んでいるロビンの姉のキャロリンを訪ねていった。初めて会うロビンの姉には小姑の感覚はなく、友達感覚で話ができたのは嬉しいことだった。キャロリンにはハリウッドに連れて行ってもらったり、ビバリーヒルズの有名スターの住んでいる地区の見学をしにドライブに連れて行ってもらったりした。楽しかったアメリカ旅行だったが、クリスマスの日だけは、少しさびしい気持ちがした。いつもはアーロンとアーロンの両親とダイアナと過ごしたクリスマスを、全く新しい家族と過ごしたからだ。キャロリンもキャロリンの夫のマークも、息子のベンもギャリーも皆ユーモアのある楽しい人たちだったが、ダイアナのことが気にかかった。ダイアナは京子の家でクリスマスを過ごしているのは分かっていたのだが。
 次の年はヨーロッパに行った。メルボルンの冬は雪も降らない暖かい冬なので、ヨーロッパの冬の寒さは厳しく感じた。オーストラリアから持って行った冬服は何の役にも立たず、イタリアで暖かいセーターとオーバーを買い込んだ。ただ一つ良かったことは、観光客が少なくて、どこの観光地に行っても待たずに入れたことだ。
今年はどこに行こうかとロビンと旅行の計画を立て始めたある晩、ロビンが疲れたような顔をして会社から戻ってきた。
「何か会社であったの?」
「うん。うちの会社の株が暴落したんだよ」と答えたロビンの顔には不安の陰りがあった。
「どうして、そんなことになったの?」
「うちで輸入していた中国製のおもちゃが毒性のある塗料を使っていたことが分かってね。その回収を始めたのだが、それが原因のようだ」
「まあ、そんなことがあったの?」と驚く私に、
「うん。おもちゃ製造会社の社長は、親友から塗料を買っていたようで、それが毒性の物だなんて全然知らなかったんだそうだよ。事件が発覚して社長が親友に連絡を取ろうと思ったら、その親友、いち早く一家で夜逃げして、行方がわからないんだそうだ。そして、」と言葉を切って、目を宙に浮かせた。
「そして、どうなったの?」と私が促すと、ロビンは沈痛な面持ちで話を続けた。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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