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ハンギングロック:後藤の失踪(15)

4月4日
 待ちに待ったイースターの休みがやって来た。学生たちもクラスが始まって一ヶ月も過ぎると段々息抜きがしたくなってくる頃だが、教師だっておんなじだ。大学で狩野さんを見かけたので、学生たちの作文を見せたら、
「学生たちもなかなか考えましたね」と、感心したようだった。
「ところで、先日オーストラリア人の友達にハンギング・ロックでのピクニックのことを聞いたら、彼、意外なことを言っていましたよ」
「何です?」
「あれはフィクションで、作者の死後、作者の遺言に従って、最後の章が出版されたんですって」
「フィクション?」
「そうなんですって。あの物語を映画化した時、小説の最後まで映画にしてしまうとしらけるというので、映画監督も出版社も作者に最後の章を発表させなかったんですって」
それを聞いて僕はがっくりしてしまった。それでは、その作者の結論は何だったんだろう。
狩野さんに聞くと、知らないというので、僕はその作者の死後出版されたという続編を読んでみることにした。幸いにも大学の図書館にそれがあったので借りて、その晩すぐに読んだ。
結局は4次元の世界に迷い込んだというものだったが、何だかありふれた結論でがっかりしてしまった。まだカールとヒージンの作り話のほうが面白い。

 後藤の日記はそこで終わっていた。聡子は、これで後藤がどうしてハンギング・ロックに興味をもったのかは分かったが、彼の失踪がその映画となんらかのかかわりがあるのか、分からずじまいだった。
 翌日レイモンドに電話すると、後藤の行方が分からなくなって3日もたつので、その日有志を募ってハンギング・ロックを捜索してみることになったと教えられた。
 聡子も後藤がなぜハンギング・ロックに興味を持ったかをレイモンドに説明したが、だからといって、彼の失踪が事故によるものか、故意なのか、手がかりになるようなものをみつけられなかった。
 聡子はハンギング・ロックでの捜索が気がかりだったが、そうかと言って捜索に加わる気がしなかった。ただ、子供たちには後藤の失踪を知らせることにした。子供たちが後藤から何か聞いていることも考えられる。
 その晩、夕食を食べながら、聡子は子供たちに言った。
「あんたたちのお父さんがね、3日前から行方が知れなくなったんだって」
子供たちは、そう言われてももぽかんとしている。
「あんたたち、お父さんからハンギング・ロックに行くなんて話、聞いてない?」
二人とも黙って首を横に振った。
「パパ、どうしていなくなっちゃったの?」と弘が聞いた。
「それが分からなくて、お巡りさんも困っているらしいわ」
「パパ、もう僕達のこと、嫌いになっちゃったんじゃないかな」と、祐一は涙声になっていた。祐一は離婚後時々情緒不安定になるのを聡子は気づいていた。両親の離婚を自分の責任だと感じる子供がたくさんいると聞いたが、祐一もその一人かもしれない。
「馬鹿ね。そんなことないわよ」と言いながら聡子は祐一の頭を撫ぜ、抱きしめてやった。そして後藤の日記の一節を思い出していた。
「離婚を早くしたかったが、子供たちが次々出来て、そのチャンスを失っていた」
夕食の後、いつもは兄弟喧嘩が絶えない二人がいやにおとなしく、早めにベッドに引き上げたのは、後藤の失踪に子供ながら心を痛めているせいかもしれない。
 翌日の夕方、レイモンドから捜索をした結果の報告がされた。
後藤の姿はおろか、手がかりになるようなものは何も見つからなかったという。
後藤の車は鑑識課に回されたそうだが、事故を起こした形跡もなく、血痕などはなかった。
レイモンドから、これ以上、警察としてはどうしようもないので、行方不明者として登録しておくということだった。聡子は子供たちのために、何とか後藤を探したいと思ったが、警察でさえどうしようもなかったものを聡子一人の力で探し出せるとは思えなかった。聡子に出来ることは、後藤と少しでもかかわりがあったような人物を思い出して、聞いて回ることくらいだった。もっとも離婚をしたあと、後藤がどんな人と交友関係をもっているのか分からないが、結婚していた時の知り合いを訪ねてみることにした。もっとも聡子も仕事があり子供の世話もあるので、後藤の捜索にあたる時間は限られていた。聡子は、昔後藤と交友関係のあった人物の名前と電話番号を書き出してみた。友人は多い人だったので、その数は15人にものぼった。しかし、その中には日本の会社から派遣された人とか総領事館の人も含まれており、その人たちは皆帰国したり他の国に転勤になっていると思われるので、その人たちを除くと8人になった。今週の日曜日から一人ずつあたってみることにした。まず、最初に、飲み友達の佐藤司郎に会いに行くことにした。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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