ヒーラー(8)
更新日: 2013-10-19
テレビ局のレポーターが家に来る日、ジョンはインタビューのために特別に買ったベージュの背広を着、私は私で紺のワンピースに白のブレザー、そして首には真珠のネックレスをつけて、落ち着かない気持ちで、レポーターを待ち受けた。その日、玄関に現れたレポーターは、テレビでよく見る金髪のショートカットの丸顔の女だったが名前までは知らなかった。その女はカレンと名乗った。カレンはボイスレコーダーを片手にカメラマンを連れて来ていた。
「こちら、カメラマンのボブ」と、カメラマンを私とジョンに紹介した。
カレンとカメラマンを、いつも患者さんを寝かせる客用の寝室に案内すると、カメラマンはカメラを回して部屋の様子を隅から隅まで撮影した。
インタビューは、客間で行われた。私もジョンも初めてカメラの前に座ると緊張して顔が強張った。
「何がきっかけで、このビジネスを始めたのですか?」とカレンが最初の質問をした。
私は自分の仕事をビジネスと言われて少し不満だったが、気を取り直して答えた。
「ジョンが胃癌を宣告されて、その時、私の祈りによって癌細胞が消えたのがきっかけです。私自身、自分の祈祷の力に、驚いています」
私の話が終わるのを待たずに、ジョンが横から口をはさんだ。
「僕は最初、洋子が祈祷してくれるって言った時は、痛みでもおさまればもうけものぐらいにしか考えていなかったので、医者から癌細胞が消えていると言われて、びっくりしたんですよ」
「それは祈祷の力じゃなくて、他の原因が考えられませんか?」と、カレンは質問を続けた。
私はちょっと頭をかしげて考えた。そして慎重に考え考え答えた。
「あの日、祈祷以外の特別なことをしませんでしたから、祈りの力としかいいようがありません。現に、最近うちに見える患者さんも、ジョンと同じような体験をしておられます。それに祈りの力については、いろんな研究でその効力は認められているようですし」
「そうですか。私の記憶が間違っていなければ、最近行われた遠隔距離で患者さんたちを色んな宗派の僧侶や牧師、神父さんに祈ってもらうという実験では、祈ってもらった患者と祈ってもらわなかった患者との間の回復期間には統計的に有意の差はみられなかったとききましが…」
カレンは最初から私の祈りは眉唾物だと決めてかかっているのが感じられた。
私はそんな実験のことは初耳だったので、カレンに反論を試みた。
「そうなんですか?人の想念が物質に影響を及ぼすことは、色々な実験で分かっているんじゃないですか?たとえばですね、私が読んだ本によると、ご飯を二つのお茶碗に入れて、一つのお茶碗に向かって『馬鹿、死ね』と言って罵り、もう一方のお茶碗には『あんたはきれいだね。大好き』と褒め称えると、罵ったご飯のほうが早く腐るっていうことでしたよ。それに水に向かって同じようにすると、褒めた水の結晶は美しく、罵った水の結晶は形が崩れるなんてことを写真を撮って証明している人もいることですし、祈りの力は馬鹿にできないと思いますけど」と言うと、カレンは苦笑して
「日本人は変な実験をするのですね。でも私が読んだ有名な大学の先生の実験では、祈りの効果はないということでしたよ」と、私の反論をはねつけてしまった。
私はそれ以上言っても水掛け論になると思い、黙ってしまった。
そうすると、カレンは急に目を輝かせて、
「今度、あなたが祈っている様子をテレビで公開してくれませんか?」と言い出した。
「テレビですか?それは患者さんのプライバシーの問題もありますし…」と躊躇すると
「それでは、テレビに出ても構わないという患者さんがいたら、やっても構わないと解釈してよろしいんでしょうか?」と切り返してきた。
黙っていればいいものを、ジョンはまたテレビ出演のチャンスがあると見て、
「そんな患者さんがいれば、いいよな」と私の顔を見て言い、私をけしかけ始めた。
私は一抹の不安を感じたが、その場の雰囲気にのみ込まれた形で、祈祷の様子をテレビ公開する約束をさせられてしまった。
カレンが帰った後、私の不安はムクムクと広がり始め、すぐにでもカレンに電話して断ろうかと思った。しかし、ジョンは
「そんなことをしたら、大々的に君はペテン師だと報道されるに決まっているよ。今まで君の祈った患者さんで、君の祈りの効果がなかったって言う人、一人もいないじゃないか。大丈夫だよ。大丈夫。俺が保証するよ」とキャンセルすることに猛反対した。ジョンは太鼓判を押してくれたが、ジョンの太鼓判は余りあてにできない。
不安な気持ちを抱いたまま、テレビ公開の日を迎えることになった。
著作権所有者:久保田満里子