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謎の写真(4)

翌日、良子は午前5時には目が覚めた。オーストラリアとの時差もあったが、それ以上に今日会う田辺が、一体写真に関して、どう弁明するのかが気になったためでもあった。シャーリーも5時半には目を覚まし、朝食の時間まで、ホテルの周りを二人で朝の散歩した。ところどころにある信号の警報機が「ピーポ、ピーポ」と鳴るのを聞いて、良子は「ああ、ここは日本なんだな」と改めて思った。オーストラリアの「ピ、ピ、ピ」と急かすように鳴る警報機より、のんびりしているように感じられる。

検察庁は9時から開いていると聞いていたので、良子たちは、8時半にはホテルを出た。検察庁には9時5分前には着いた。

ビルの前で、5分を過ごし、9時かっきしに、二人はきのう会った受付嬢の前に立った。

受付嬢は二人を見るとすぐに、

「田辺検事の事務室は2階にありますから、2階へどうぞ」と言ってくれた。

2階の部屋のドアに「田辺聡」と書いてあるところを見つけ、ノックすると、すぐに「どうぞ」と、中から声がした。

ドアを開けると、すぐ部屋全体が見渡せたが、その部屋の奥の窓際のところに大きな机があり、その机の前に、似顔絵そっくりの男が立っていた。

「田辺検事ですか?」と良子が聞くと、

「そうですが‥」と言って、不審そうに良子とシャーリーの顔を代わる代わる見た。

良子は、シャーリーを一瞥して、

「こちら、栄子さんの写真の持ち主だった、シャーリーさんです」と言うと、田辺の顔色が変わった。しかし、すぐさま平静を取り戻して、

「何のことでしょうか?」と、とぼけた。

今度は良子のほうが気色ばんで、

「とぼけないでください。どうして前島豊だなんて、偽名を使って、写真を持って行かれたんですか」と、声を荒らげて聞いた。

田辺の顔が一瞬ゆがんだ。

「偽名を使ったのは認めますが、あの写真に写っているのは本当に私の曾祖母なので、あの写真を受け取る権利はあると思います」

彼の言ったことを訳してシャーリーに伝えると、今度はシャーリーが怒って、

「元々あの写真は私の買ったものの中に入っていたのですから、私のほうが法的には保持する権利があると思います」とまくしたてたのを良子はすぐに日本語に訳して田辺に伝えた。

「それは、お金を払ってほしいと言う意味でしょうか」と、田辺が聞いた。

「そういう訳ではありません。シャーリーさんは、あの写真に写っていた女性がどんな人だったのかに興味を持って、写真を取りに来たあなたに聞きたいと思って、オーストラリアから訪ねてきたのです。最初は、ただそれだけでしたが、あなたが偽名まで使って写真を取りに来たので、ますますどうしてあなたは写真を持っていったのを隠そうとしたのか、是非聞きたいと思って伺ったのです」

田辺は良子の言葉に、どう答えようかと迷ったようだ。その時、ドアのノックをする音とともに、中年の背広を来た男が入ってきた。良子たちが部屋にいるとは思っていなかったようで、びっくりしたように良子たちを見た。

「これは失礼。お客様でしたか」

「いや、白川くん、いいんだ」と、田辺は言い、良子に向かって、

「今から、裁判所に行かなくてはいけないので、あなた方の質問の答えは、今晩にでも会ってから、お話したいと思います」

「いいですよ。時間と場所さえ教えていただければ」

「駅前の時計台のあるところを知っていますか?」

「ええ、知っています」

「それじゃあ、午後7時に、そこで会いましょう」と、言うと

「さあ、白川くん、行こう」とかばんを持って、良子たちを追い立てるようにして部屋から出し、白川と一緒に歩き去った。

廊下に取り残された二人は、果たして田辺が来るのだろうかと疑問を持ったが、田辺の言葉を信じて、午後7時まで待つ以外、方法が見つからなかった。

またもや、一日観光する時間ができた。名古屋では、たいして見るものもなさそうなので、レールパスを使って二人で京都に遊びに行って、午後6時半名古屋着の新幹線で戻り、駅の時計台の前に行った時は時計の針が6時45分を指していた。時計台の前は、名古屋の人の待合によく使われているようで、人待ち顔の、熟年女性や、若い女男、学生の姿で賑わっていた。時計台の時計が7時の鐘を打ち始めると、良子はキョロキョロと辺りを見回すと、田辺が急ぎ足で近づいてくるのが目に入った。

「このビルの10階に食堂街があるので、そこで晩御飯を食べながら、話しましょう」と言う田辺は、今朝会った時の予防線を張るような硬い態度がすっかりとれて、物柔らかい物腰になっており、良子たちを当惑させた。

田辺が連れて行ってくれたのは、高級な感じの日本料理店であった。

席に座ると、

「今朝は随分失礼なことを言ってしまって、申し訳なかった。ともかく、写真を返してもらったお礼も兼ねて、僕がごちそうしますから、何でも注文してください」と言った。どうして急に態度が変わったのか、腑に落ちず、良子達は落ち着かない気持ちだったが、今朝の田辺の態度にむかっ腹が立っていたので、一番高い懐石セットを注文した。

注文を受けたウエートレスが去ると、良子は疑問を正直に田辺に投げかけた。

「今朝はケンモホロロでしたが、何かあったのですか」

良子の単刀直入な質問に、田辺は苦笑いを浮かべた。

「いや、実は、写真を返して下さった方に、新聞社を通してお会いすると、曾祖母のことがメディアに取り上げられるのではないかと思い、 偽名を使ったんですよ。それにあなた方が急に現れたものだから、どう対処していいか分からなくて、失礼しました。でも、後になって考えると、正直にお話するのが一番良いと思いましてね。ただ、余り他人には知られたくない話なので、新聞社の方には言わないでいただきたいのですが、お願いできますか?もしも約束できないということなら、私としても何も話したくないのです」

『他人には知られたくない話』と聞くと、余計に知りたくなるのが人情である。柳沢からは、事情がわかったら教えてほしいと言われたが、何も柳沢と約束したわけではない。そう良子は自分の都合の良いように解釈して

「いいでしょう。新聞社には知らせません」と、顔を引き締めて言った。そしてシャーリーにも英語に訳して説明すると、シャーリーも、「イエス、オフコース(勿論よ)」と言って同意した。

著作権所有者”久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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