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行方不明(1)

プロローグ

オーストラリア、メルボルンにて
1999年4月12日

 エリンは、金髪のカールした長い髪を手でくるくると巻きながら、首をかしげて話をする癖のある、だれからも愛されている活発な小学6年生の女の子だった。父親は会計士で自分の事務所を持ち、母親は専業主婦だった。一人っ子のエリンは私立の小学校に通っていたが、それは家が裕福だからと言うよりも、父親の姉がその学校の教師をしていたからだ。
 復活祭の休みが始まって4日経っていた。その日エリンは昼間母親と一緒に近くのショッピングセンターに行って、前から目をつけていたフリルの付いた花模様の可愛らしいピンクのワンピースを買ってもらい、ご機嫌だった。夕方には会社から帰ってきた父親と三人でいつものように食事をした。その後テレビを見て、ベッドに潜った時は午後10時になっていた。
 いつもはいったん眠ると朝まで目を覚まさないエリンは、その晩急に息苦しさを感じて目を覚ました。目を開けると、覆面の男がナイフを持ってベッドのそばに立っていたのが目に入った。驚いて声を上げたが、口をガムテープでふさがれて、その声は外にはもれなかった。男は布団をはぐと、恐怖ですくみあがったエリンの下着を無言でむしりとった。

 その後、エリンは自分に何が起こったのか、恐怖で頭の中が真っ白になっていてよくわからなかった。ただ、男がのしかかって来て、その重さに押しつぶされるのではないかと思った時、下腹部に激痛が走り、悲鳴をあげたが、ガムテープでその叫び声も消されてしまった。男の蹂躙が時間にしてどのくらい続いたのか分からないが、恐怖と激痛でエリンには、それは永遠に続いたように思われた。
男が去った後、何事もなかったように、家は静まり返った。エリンは口を塞いでいたガムテープをはがしたが、激痛で歩けそうもなく、そのまま死んだようにベッドに横たわっていた。ベッドのシーツは真っ赤に染まっていた。そのまま何時間横たえていたか分からない。突然両親がどうしているのだろうかと不安に襲われた。大声で「パパ!ママ!」と呼んでみた。家はしーんとしたままだった。両親の安否が気がかりになり、重い体を起こし、壁を伝ってやっとの思いで両親の寝室にたどり着いた。両親の寝室をゆっくり見回したが、両親の姿は見えない。エリンは苦痛と心細さに両親のベッドに倒れ込んで、顔を手で覆い、さめざめと泣いた。泣き疲れて、眠りが襲いかかった時に、洋服ダンスの方でカタカタする音に気づいた。音のする方に這って行って、洋服ダンスを開けると、そこにはガムテープで口を塞がれ、荷造り用の紐で手足を縛られた両親がうずくまっていた。エリンは無我夢中で二人のガムテープを取りはずし、手の紐を解いた。エリンの身に何が起こったかは両親は何も聞く必要はなかった。手足の自由を得た両親とエリンは3人で肩を抱き合って泣いた。そして、父親は震える手で警察に電話しようとしたが、電話線が切られていた。パジャマの上にドレッシングガウンを着て近くの公衆電話まで行き、やっと警察に連絡を取ることができた。

 後で警察の調査でわかったことは、男は念密な計画を立てていたようで、まず電話線を切り、裏庭に面したファミリールームのガラスのドアをきれいに切り取り、そこからうちに侵入したようであった。男はまず両親の寝室に行き、物音で目を覚ました母親を脅して自分の持って来た紐で父親を縛らせ、ガムテープで口を塞がせた。その後、母親を縛り上げてガムテープで口を覆い、二人を洋服ダンスに押し込んだのだ。その後、エリンの寝室に行きエリンを襲ったのだ。分かったことは、それだけだった。この事件は警察の懸命の捜査にもかかわらず、犯人は捕まらなかった。



次回に続く.....

著作権所有者・久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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