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知美の闘病記(2)

 いよいよ手術の日。知美は、手術の前夜は不安で眠られないのではないかと思っていたが、疲れていたのかぐっすり眠ったのには、自分でも驚いた。朝7時半に朝子が迎えに来てくれ、朝子の車で病院に着いたのは朝8時だった。入院の手続きを済ませると、朝子はまた夕方見舞いに来るからと言って帰って行った。一人残された知美は緊張感で身がしまった。待合室に入ると、すぐに着替えるようにと、ガウンとパンツを手渡された。脱いだ服はロッカーに入れるように言われたので、入院するために持ってきた荷物と一緒にロッカーに入れた。ガウンは白くてひもがいくつかついて結ぶようになっていたが、ひものある方が後ろか、それとも前か、迷ったあげく、ひもがある方を後ろにきた。

  手術前の待合室は患者で溢れていたが、雑誌を読んでいる人、人と話している人など、どの人も大して不安がっている様子もない。手術は初めての知美は、他の患者の落ち着き払った顔に驚きを覚えた。おどおどしているのは自分だけだ。この時ばかりは知美は自分は本当に臆病者だとつくづく思った。10分くらい待ったところで、薬剤師に小部屋に連れていかれた。そして服用している薬の有無を聞かれ、アレルギーはないか聞かれた。「アレルギーは、ありません」と答えた後、絆創膏をつけてかぶれたことを思い出し、慌てて「そういえば、絆創膏にかぶれます」と答えた。そのあと、足にきつくて一人では履けそうもないソックスをはかせられた。足に血栓ができるのを予防するためだそうだ。ロッカーのカギを渡すと、薬剤師は知美の名前の書いてあるファイルに入れた。

 いよいよ手術の時間も迫ったころ、ベッドに寝かされ、両足にマッサージ器がとりつけられた。これも足に血栓ができないようにするための処置なのだそうだ。マッサージ器が動き始めると両足がゆっくりと絞られる感じ。痛いような痛くないような微妙な感覚だった。

「雑誌、読む?」と言われ「はい」と答えると、女性週刊誌が手渡された。そういえばメガネは服を着替えるとき、ロッカーに一緒にしまったことを思い出した。活字は読めないが、写真だけは見えるので、写真だけを見ていると、「ハーイ」と元気のよい声がして、若い女性が現れた。「私、麻酔医のマージよ。よろしくね」と言う。

「手術中、あなたをモニターしているから安心してね。あなた金歯はある?」

「いいえ」

「じゃあ、よかったわ。口から管を入れるからね、金歯だと傷つける恐れがあるのよ」

 知美は入院するのが初めてだったので、それまで麻酔が歯に影響を及ぼすなんて知らなかった。麻酔さえかけてもらえば、手術は知らぬ間に終わってしまうと気楽に考えていただけだった。

 手術室にガラガラ移動用ベッドが引っ張られて、連れていかれた手術室では、緑色のキャップをし緑色の外科医用のエプロンをかけた外科医が待っていた。

「今日手術をするのは右だったっけ?左だったっけ?」と知美は聞かれ、間違ってしこりのないほうを手術されたら大変だと思い、あわてて「右です」と答えた。外科医が、放射線測定器を知美の乳房に近づけると、測定器は「ガーガー」となり始めた。すると、外科医は満足そうにうなづき、「これでリンパ腺がどこを通っているか分かるわ。癌が転移していないかわきの下のリンパ腺の細胞を少し切り取りますからね」と言った。「お願いします」と言うと、傍らにいた麻酔医が腕に注射した。すると、すぐに知美の意識はなくなっていった。

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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