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さようならジョン(2)

ジョンは私の思惑など気にもしないふうで、持っている布で私の靴を磨き始めたではないか。あっけにとられて、そのまましばらく突っ立っていたら、

「磨き終わったよ」と言ってジョンが立ち上がった。

「いや、君の靴が余りにも汚れていて見苦しいから磨いてあげたよ」とこともなげに言う。  私は恥ずかしさの余り顔が真っ赤になり、「すみません。これから気を付けます」と言って、そのままトイレに駆け込んだ。胸の動悸が収まるまで5分はかかった。そのあと、おそるおそる社長室に戻ると、ジョンは何事もなかったように、電話で部下に指示を与えていた。そして靴に関しては、それ以降一切口にすることはなかった。

 しばらくして気が付いたのは、ジョンは身なりについて口やかましい人だということだった。靴を磨かれたのは私だけではないと仲良くなった同僚から聞かされ、あの時感じた恥ずかしさが半減したものの、あの日から、私は自分の靴を磨くことを日課にし、それ以来ジョンに靴を磨いてもらうという失態をしなくてすんだ。

 ある日も、部下と一緒に取引相手の人に会いに出かけることになった時、部下が、ネクタイなしのワイシャツ姿で現れると、不快そうに眉をつりあげ、

「ネクタイと背広はどこだ。外に出るときには、ちゃんとネクタイをして背広を着ろ。それが常識だ」と怒鳴った。

 日本だったら、ジョンの言うことはもっともだと思うが、ここはオーストラリアである。皆カジュアルな格好をしているので、それに慣れてしまっていた私は、ジョンはちょっと手厳しいのではないかと思った。

 それから、毎日思わぬハプニングがあり、退屈する日がなかった。

ある日ジョンは私に、

「来週の月曜日の午前は、何も予定を入れないでくれ」と言うので、

「どこかに出かけるんですか?」と聞くと、

「いや、社員の仕事を全部把握しておきたいから、来週の月曜日はサリーと仕事を入れ替わることにしたんだ」と言う。

「ということは、お茶くみをするということですか?」と言うと、

「そうだよ」と、こともなげに言う。

さすがにサリーはジョンの代わりに部下にいろいろ指示をすることはできないので、ジョンのお茶くみの監督をすることになった。

その当日、お昼頃に社長室に現れたジョンは、汗をたらたら流しながら、

「疲れたあ!こんなにお茶くみがきつい仕事だとは思わなかったよ。サリーは僕の2倍は働いているよ」と、汗を拭きながら、社長室のソファーに倒れこむようにどっかりと座りこんだ。それ以降、ジョンはほかの社員と仕事を代ろうとは言わなくなった。お茶くみの仕事がこたえたらしい。

 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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