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前世療法(15)

 正二が夜ぼんやりとテレビを見ていると、けたたましく電話の呼び鈴が鳴り響いた。正二は一瞬どきっとした。まだ佐代子にもキムにもなんと言ったらいいのか、決断が付きかねていた。だから電話を無視しようとしたが、電話の呼び鈴はしつこく鳴り続き、とまりそうもなかった。しかたなく重い気持ちで電話に出た。電話をかけて来たのは、キムでも佐代子でもなかった。電話の相手はキムの父親、テッドだった。キムの家族とは何度か会っているのでテッドの声は聞き覚えがあった。挨拶も抜きで、テッドは大声で怒鳴りつけるように言った。

「キムが交通事故に遭って、今XX病院に運ばれて治療をうけているところだ。君もすぐに来たまえ」

有無を言わさぬ口調に、正二は反射的に答えた。

「すぐ、行きます」

正二は病院に行く途中、テッドにもう少しケガの状況を聞いておけばよかったと後悔していた。ただのケガなのか、それとも重症なのか、さっぱりわからない。

 慌てて病院に駆け付けた正二に手術室の前の待合室で、うなだれて座っているテッドの姿が目に入った。正二は「キムの容態はどうなんです?」と急き込んで聞くと、テッドは顔をあげて厳しい目つきで正二を見て聞いた。

「君は、キムとは一緒じゃなかったのか」

テッドの非難するような声に、正二は小さくなって答えた。

「この2週間キムとは会っていなかったんです。一体どこで、どのような事故に遭ったんですか?」

「キムは町中の大通りを酔っぱらって歩いていて、車に轢かれたんだ」

「それじゃあ、轢き逃げされたんですか?」

「いや、キムを轢いた運転手は、警察で尋問を受けているそうだ。キムが酔っぱらって道を歩いていたと聞いて、てっきり君と一緒だと思っていた。キムはアルコールに強くもないのにどうして、酒を飲んだんだろう。何かに悩んでいたんだろうか。君は何か知っていないか?」

 「僕はこの2週間キムと話していないんです。もしかしたら、キムが悩んでいたのは僕達の事かもしれません」

「なんだ、喧嘩でもしたのか?」とテッドに聞かれた時、看護師がテッドを呼びに来た。

「手術が終わって、キムさんは集中治療室に運ばれることになりました」

「集中治療室?手術は不成功だったのですか?」とテッドが聞いた。

「いえ、手術はうまくいったのですが、脳が腫れあがっているので、その腫れが引かないと危険です」

「危険ということは?」

「詳しい説明は執刀医のスティーブンソン先生に聞いてください」

その後聞いた執刀医の話は、テッドにとっても正二にとっても、ショッキングなものだった。

「キムさんは脳に強い衝撃を受けています。脳の腫れが3日以内にひかないと、脳の機能が失われて、たとえ足の骨折などが治っても、植物人間になる可能性があります」 

テッドは、「なんてことだ」とその場に膝から崩れ落ちた。正二は呆然と立ちすくんだ。この事故の全責任は自分にあるように思えた。キムを自暴自棄にしてしまったという罪悪感が、正二を打ちのめし、それから3日間、正二はキムのベッドのそばに付き添って、献身的な介護をした。とはいえ、じっと顔を眺め、時折手を握り締めるくらいのことしかできなかったが、正二は心の中で真剣に祈った。「キムが元気になってくれますように。僕はキムが目を覚ましたら、彼女と結婚することを誓います。だから、神様、キムをあの世に連れて行かないでください」

正二には特別な信仰というものはなかったのだが、おぼれるもの、藁をもつかむと言う気持ちだった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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