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人探し(27)

 藤沢は、家に帰るなり、君枝に今日の会談について聞かれ、ありのままに北川の言ったことを言った。藤沢のぼそぼそ話す話が終わると、君枝は藤沢の気持ちをおもんばかって、しばらく言葉が出なかった。そして、藤沢を慰める言葉を探しながら言った。
「いやな人ねえ、その北川っていう人。ご両親とはうまくいかなかったみたいね。お前も変なとばっちりを受けてしまったねえ。でも、一応何かの手がかりは得たのだから、もうすぐお前も実の親に会えるよ」
「で、正雄さんはどう言っていた?」
「やっぱり母さんは坂口さんのことが気になるんだ」
突然正雄のことが出てきたので、君枝は慌てふためいて言った。
「そんなことないわよ」
「北川っていう男、周りに信頼できる人間が一人もいなかったようだよ。すぐに坂口さんの両親も金目当てで彼に近づいたと思われたようで、坂口さん、憤慨していたよ」
「そうなの。ところで、長いこと考えたんだけれど、一度坂口さんのご一家に会ってみたいと思っているんだけれど、どう思う?」
「勿論、母さんがそうしたいのなら、そうするといいよ。でも、4人も家に呼ぶなんて、母さんの今の体力では無理だよ。どこかの料理屋にでも行こうよ」
「そうだね。でも、それじゃあ、お金がかかるわねえ」
「何だ、お金のことを心配しているのか。勿論高級料理店なんて言うのは無理だけれど、ファミリーレストランなんて言うのでもいいんじゃないか」
 藤沢がその晩正雄に電話して家族を招待したいと伝えると、電話の傍にいたらしい峰子が
「それじゃあ、家に来てもらったら。あちらはお二人みたいだから、その方がいいんじゃない」と言い出し、結局次の日曜日の昼に藤沢達が坂口家を訪れることになった。

 正雄は二家族の食事会は、実は憂鬱だった。君枝にどう接したらよいか分からなかったからだ。余り親しくしすぎると峰子が傷つくだろうし、反対に峰子に甘えすぎると君枝が気を悪くするだろうと思うと、その兼ね合いが分からなかったからだ。
 昼食会の日は、峰子が朝から張り切って、色んな料理を作った。チラシずし、茶わん蒸し、てんぷら等、峰子の得意な和食料理ばかりだった。
 藤沢親子が現れた時、真っ先に玄関に出たて二人を迎えたのは峰子だった。正雄は峰子の後ろにいて、二人を友人と友人の母親を迎える気分に陥った。正雄は実の母親とはいえ、君枝とは1回しか会っていないのだから、気持ちの上では、君枝と自分の間にはぎこちなさが残るのは仕方ないと思った。
 家の客間には、史郎と千尋が待っていた。正雄は二人を「藤沢さん」と「藤沢さんのお母さん」と言って紹介した。君枝は、そう紹介されても気にしているふうには見えなかった。峰子は君枝を気に入ったようで、君枝を気遣って色々話しかけた。
「ご病気だと聞きましたが、いかがですか?」
「もう、一応治療はすんで、今はホルモン療法と言って、薬を飲むだけの治療なので、病院に通わなくて済み、楽です」
「そうですか」
 それからテーブルで、ビールで乾杯すると、峰子の作った手料理に皆舌鼓を打って、会話がはずんだ。
 しかし突然「君枝さんの別れたご主人って、どんな方だったんですか?」と千尋が言い出した時は、皆ぎょっとしたような顔をして千尋の顔を見た。
「まあ、まじめな人でしたね。聡が実の子でないと分かってからは、酒におぼれるようになりましたが、それまでは優しい人でしたよ」
「今、どこに住んでいらっしゃるのか、ご存知ですか?」
折りたたむように質問をする千尋に、峰子が
「そんなぶしつけな質問をするもんじゃありませんよ」と、君枝を気遣って、千尋をたしなめた。
「いえ、いいんですよ。確かに正雄さんは、一度会ったらいいですよ。私自身は正雄の父親の連絡先は知りませんが、正雄の父親の妹とは、年賀状のやり取りだけはしているので、妹に聞いてみることができますよ」
「ねえ、正雄、会いたいんでしょ?会ってみたら?」と千尋は言う。
「うん。そうだな」と正雄は考え考え答えた。考えて見れば、自分が父親に会うことによって、母親の潔白を証明できる。それくらいのことは、不幸だった実母のためにすべきだと思った。しかし、ただ実の父親に純粋に会いたいかと聞かれれば、北川と同じように、今更会って、どうしたいと言うことはなかった。
「もう、日本の滞在期間が残り少なくなったので、会うなら早いほうがいいですね」と言うと、藤沢は「じゃあ、今夜にでも連絡先をお伝えしますよ」と言った。
 和やかな昼食会も終わり、坂口家の玄関に立った君枝は、史郎と峰子に向かって深々と頭を下げ、
「この子を大事に育ててくださって、ありがとうございます。こんなに心暖かいご家族の一員として育てられたのを見て、私は安心しました」と涙声で言った。
史郎は
「これからも遊びに来てください。正雄、駅までお送りしなさい」と言い、正雄と君枝が二人で話せる時間を作るれるように、気を配ってくれた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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