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人探し(29)

  初めて実の父親に会いに行った晩、正雄が家に帰ると、坂口家の面々は、正雄の帰りを待ち構えていて、質問の雨を降らせた。
「お父さんに会えたの」と、まず峰子が聞いた。
「あんな奴が、実の親だと思うと、腹立たしくてたまらないよ」
正雄は憤懣やるかたないと言う態で、しかめ面で答えた。
「どんなことを言われたの?」千尋が聞いた。
「今更何をしてほしいのかって。金が欲しいのかとも言われたよ」
「まあ、そんなことを言うなんて、呆れてものも言えないわ」峰子が正雄と同じように腹を立てたのが、正雄にはおかしくなった。「僕は、お母さん(この場合は峰子のことだが)と似ている」そう思ったからだ。
「それじゃあ、不愉快なだけで、得るものはなかったということか」と、史郎が結論付けるように言った。
「いや、君枝さんの不貞を疑ったと言うのは僕には許せなくて、君枝さんに謝ってほしいと言っておいた。実際に謝罪するかどうかは分からないけれど」
君枝を何となくお母さんと言うのはためらわれて、君枝さんと呼ぶことにした。その方が紛らわしくなくていい。
「そうか。確かに君枝さんに謝罪をするのは、人間として当然の事だろう」と史郎は正雄に賛同した。
 正雄は、日本滞在期間があと4日しかないのに、段々焦りを感じだした。しかしよく考えれば、北川哲夫に関しては、自分には関係がない。あとは五十嵐が頑張って、北川の両親を見つけ藤沢聡に会わせるだけだ。坂口家の人たちと北川哲夫の関係がどうなるかは、北川哲夫次第だ。正雄の手前だからなのかは分からないが、坂口家の人達は北川哲夫が実の両親に興味を持たなかったことに余りショックを受けたようには見えなかった。正雄は、いつか君枝をオーストラリアを見せたいと思った。病院から2千万円もらったら、外国に行ったことがないと言う君枝と聡をメルボルンに招待しようと心に決めた。坂口家の人々は、正雄の卒業式にもメルボルンに来ているし、お金に困っていないから、来たい時にメルボルンに遊びに来るだろう。
 翌日、五十嵐から電話があった。
「病院側と契約書を取り交わした。前にも言ったようにマスコミには話さないことで2千万円の賠償金を支払うそうだ。2千万円は数日後に、お前と藤沢さんの銀行口座に振り込まれるはずだ。ともかく藤沢さんと二人で契約書を取りに来てほしい」と言った。
「ところで、北川の両親の居所を突き止めたのか?」と、正雄は聞いた。
「うん。そのことだが、」と五十嵐の口が重くなった。
「北川の両親は、哲夫の言った通り、10年前に死んでいたよ」
「二人ともか?」
「うん、そうだ。交通事故で即死したらしい。煽り運転の犠牲者だったそうだ」
「そうか。藤沢さんは本当に親とは縁のない人だったんだな」
「お前の方から、藤沢さんに伝えてくれるか」
「それは、明日にでも契約を取りに行った時に、お前の口から言ってくれよ」
「分かった。ところで、弁護士料の百万円は忘れるなよ」
「分かったよ。藤沢さんと、契約書を受け取りに行くよ」
「そうしてくれ」と言って五十嵐は電話を切った。
 その後藤沢に連絡を取って、翌日の夕方、会社の仕事を終えた藤沢と駅で落ち合って、五十嵐の事務所に行った。
「これが契約書だ」と言って五十嵐が書類を正雄と藤沢に渡した。
「2千万円受け取りの領収書に、サインと捺印をしてくれ」と言われ、
正雄は慌てた。
「まだ受け取ってもいない金の領収書にサインなんてできないよ」と言うと、
「すでにお金は振り込まれているはずだ。ちょっと調べてみてくれ」と言われ、正雄はすぐにスマートフォンを使って、オーストラリアの銀行のオンラインで自分の口座を調べると、為替レートが1ドル80円で手数料2千円を引かれた25万ドル弱のお金が入金されていた。
「うん、確かに入っている」と言って、正雄は書類にサインをして五十嵐に渡した。
「捺印は?」と言われて、
「オーストラリアでは印鑑なんて使わないから、印鑑なんて持っていないよ」と言うと、
「それじゃあ、仕方ないな」と五十嵐は書類を受け取ってくれた。
藤沢の方はどうするのかと正雄が見ると、藤沢も署名をして捺印をして、五十嵐に渡した。
正雄は茶化すように、
「藤沢さん、銀行の預金を調べなくていいんですか?」と言うと、
「僕はお二人を信じているので、」と藤沢は答えた。
「それじゃあ、二人で50万円ずつ払うことにしたので、現金100万円、弁護料として払うよ」と言って、正雄は現金50万円をテーブルの上に置き、それにならって、藤沢も50万ドルテーブルの上に置いた。
「うん。ありがとう。ところで藤沢さん。北川哲夫の両親について調べた探偵から、報告書が届きましたから、これもお渡ししておきます」と言って、五十嵐は封筒に入った報告書を藤沢に渡した。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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