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ミリオネア(1)

木村咲子は、オンラインの銀行の預金高を見て、思わず「やったあ!」と叫んだ。預金高の合計を見ると、なんと1の次に0が6つも並んでいる。ということは、咲子はミリオネアの仲間入りをしたことになる。もっとも昔のミリオネアならいざ知らず、最近はビリオネア、つまり0が8つ並んでいるお金の持ち主たちのことを大金持ちと言うので、現代のミリオネアは、小金持ちと言う部類に入るのだろう。咲子は取り立て何かの才能があるわけでもなく、コンピューター技師として働いてもらった給料をうまく投資した結果100万ドル溜めたのである。そしたら、突然高校時代の同級生の言った言葉を思い出した。その同級生、岩本茂子が「私、手相が読めるのよ。結構、私の鑑定、良く当たるのよ。木村さんも見てあげようか」と言われ、面白半分に手を出すと、じっと手のひらを眺めて、彼女は次のような判定結果をくだした。
「あなたは、大金持ちにはなれないけれど、結構小銭を貯めて小金持ちになるわよ」と言ったのだ。
もう20年前のことなのに、よく覚えている。茂子が言ったことが当たったのだ。
 うきうきしながら、晩御飯を一人で食べていると、電話がかかってきた。咲子と同じように独身でアラフォーの友達の上野信子からだった。
「咲子さん、今度一緒にバリ島に遊びに行かない?カンタスの安い航空券が売り出されているのよ。往復で300ドル。航空代1週間の宿泊込みで1000ドルなんだって。安いと思わない?」
信子は旅行好きで、よく安い旅行プランを見つけてきて、咲子を誘ってくれる。いつもは、「行く、行く」と話にのる咲子なのだが、今日はいまいち行きたいと言う気持ちが起こらない。
「うん。安いと思うけれど、私は今回はパスするわ」
「え、どうして?」
当てが外れた信子は不審に思ったようだ。
「実はね…」と言いかけて、咲子の口が止まった。信子は人はいいが、口が軽い。自分がミリオネアになったなんて言ったら、皆に吹聴され、泥棒にでも目を付けられかねない。そう思うと、「実は」の言葉だけが宙に浮いた。
「実は、何なの?」と信子が次の言葉を促す。咲子の口からはとっさに、
「実は、母の具合が良くないので、ちょっと日本に帰ってこようかと思うの」
勿論、出まかせである。それでも信子は咲子の言葉を信じたようだ。
「そうなの。それは大変ね。で、いつ帰るの?」
「来月にでも、帰ろうと思うの」
「そう。帰る前には連絡してね」
「勿論よ」と、電話を切ったが、何となく後味が悪い。しかし旅行をするなら、少しは豪勢な旅行をしたい。豪華客船に乗っての旅とか、いつもは乗らないビジネスクラスでヨーロッパやカナダに行ってみたい。もうエコノミークラスで目的地に行って安いホテルに泊まるのは御免蒙りたい。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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