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一と一子(6)

1945年8月15日、やっと戦争が終わった。でも、戦争が終わっても、一子の心は晴れなかった。一の戦死の悲報を聞いてもう3年にもなるというのに、誰かと結婚しようと言う気にはなれなかった。毎日、一の形見のアルバムを開いてみては、一のことを思い出していた。そんな一子を心配して、キクエは「一のことをいつまでも思っていてくれるのは、嬉しいけれど、あなたもそろそろ結婚したら?あなたが一のことを思っていつまでもくよくよしているのを一だって喜ばないと思うわ。きっとあなたに幸せになってほしいと思っているに違いないわ」
一子は、キクエの言葉にどう答えたものか、少し考えた後、キクエに言った。
「それじゃあ、キクエ姉さん。誰か良い人を探してください。キクエ姉さんのお眼鏡にかなう人なら、結婚してもいいです」と答えた。
  キクエは、一子の言葉を聞いて、一子の結婚相手を探す羽目に陥った。皆一子の結婚相手になりそうな男は、戦争に行ったため、数が少ない。ぼちぼち外地から戻って来る青年もいるが、一ほど、明るくて親切でハンサムな男と言うのは、そうそう見つかるものではない。そんなある日、キクエのもとに、一の子供の時からの遊び友達で、一のようにゼロ戦パイロットだった河合昭三が、千九亭を訪れた。昭三は、一の同級生だったけれど頭が良く、操縦士の試験も一発で合格して、一より一年早くパイロットになった秀才だった。一は最後に出かける時、千九亭で仲の良い同級生たち5人集めて宴会をしたが、その中の一人だった。昭三は、特攻のメンバーになっていたが、突撃の命令が下る前に終戦となった特攻の生き残りだと言うことだった。
「僕は運よく生き残りましたが、豊島君の戦死、無念です」と、キクエに頭を下げた。キクエは、昭三の挨拶を受けながら、一子の頼みを思い出し、昭三を一子に勧めたらどうかと思いついた。昭三は、いかつい顔をしていて一ほどハンサムでもないし、性格も一が外交的なのに対し、内向性だった。でも、真面目な人柄は一から聞いていたので、この人なら一子とお似合いではないかと思いついた。しかし、昭三が既婚者なのかどうか、皆目分からなかった。
「昭三さんが無事に帰って来られて、ご家族は皆喜んでいらっしゃることでしょう。失礼ですが、ご結婚なさっているのですか?」
「いえ。僕は豊島君ほど、女性にはもてませんからね。そう言えば、確か豊島君には婚約者がいましたね」
「そうなんです。一子って言うんですけど、一が死んで3年にもなると言うのに、ほかの人と結婚する気がないと言うんですよ。一の姉として、一子さんには、早くいい人を見つけて結婚してほしいんですけれどね」
「そうですか」
「昭三さんは、これからどうされるつもりですか?」
「両親の畑仕事を手伝うつもりです。もう、両親も年を取って来て、畑仕事はきついと言っていますから」
「それじゃあ、これからもこの土地を離れると言うことはないのですね」
「そういうことになりますね」
「じゃあ、また遊びに来てください」
昭三が帰った後、キクエは、昭三と一子の見合いのお膳立てをしようと決心した。
昭三の家に出かけて行き、「実は一子さんから結婚相手を探してほしいと頼まれているんですが、一度一子さんに会って見てくれませんか?」と頼むと、昭三は二つ返事で承知した。
それから、一子の家に行って、「結婚相手として河合昭三さんは、どうかと思うんだけれど、一度会って見て頂戴。昭三さんは一の幼友達なの」
「そうですか。全てお姉さんにお任せします」
そして、千九亭で見合いの席が設けられた。その見合いの後キクエが二人の気持ちを聞くと、昭三は、「豊島君から一子さんはいつも明るくて美人なんだと自慢話を聞かされていましたが、本当にきれいな人ですね」と言い、一子は「一さんの幼友達なら、きっと良い人にちがいありません」と言い、見合いは成功し、見合いの3か月後、二人は結婚した。

注:一子が結婚したいきさつに関しては、中野不二夫の調査結果をもとにしましたが、結婚相手に関しては不明なため、結婚相手に関してはフィクションです。


著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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