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船旅(1)

 光江はオーストラリア人のニールと結婚して30年になる。その間、結婚生活が順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だったと言えば、ウソになる。ニールとの間に三人の子供に恵まれて喜びも多かったが、苦しみも多い30年間だった。それと言うのもニールの浮気に悩まされたからだ。ニールはハンサムで背も高く外見も良い男だったが、その上優しい思いやりのある良い人だった。その優しさが、家族だけに向けられていたのなら、この上ない夫として光江は幸せだったのだが、家族にだけでなく、周りの人みんなに優しい人だったので、若い独身の女性に誤解され、女性からのアプローチをかわせなくて、深い仲になったと言うケースがほとんどだった。ニールの浮気が止まったのは60歳を過ぎてからだ。さすがに初老に入ったニールは、少しビール腹になり、髪の毛も薄くなって外見が衰えて来た。そのためかニールを誘惑する女はいなくなったようで、光江はやっと心休まる日を送れるようになった。それまでは、何度離婚をしようと思い悩んだことか。その度に自分自身に問いかけた。「私は本当にこの人の顔を見るのも嫌になっただろうか」その度に「腹立たしい気持ちがあるが、嫌いになった訳ではない。別れて後悔しない自信はない」と自問自答して、結局はじっと我慢をした。そして、ニールは65歳になったのを機会に退職し、やっと夫婦だけの穏やかな毎日を送れるようになった。光江は63歳になった今では、子供達三人は自分のしたい仕事を見つけて、経済的にも安定し、長女には子供ができて、孫の顔を見ることもでき、幸せいっぱいであった。
 ニールから、二人で豪華客船に乗っての旅に出ようと言われた時、光江は「まあ、嬉しい!」と手を叩いて子供のように飛び上がって喜んだ。余生をニールと二人だけで一緒に楽しむことができると思うと、光江の心は弾んだ。
 予約をしたのは豪華客船で3千人の乗客を収容できると言う4階もある大型客船。その船で太平洋1周しようと言うわけだ。停泊地は、インドネシアから始まり、香港、日本、カナダ、アメリカと1か月の旅である。実際に乗船する前から、パンフレットを見て「映画館も二つあるんですって。プールに、シャンデリアのある豪華な大食堂、劇場、スポーツジム等娯楽施設が満載されているわ。これだったら、船の中でも退屈しないわね」と光江は船旅への期待にワクワク胸を膨らませ、せっせとスーツケースに新たに購入した服や、靴、化粧品に薬や、必要だと思われるものを詰め込んだ。もう船に乗るだけと準備を整えた光江は、乗船の日を待ちわびた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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