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船旅(2)

 乗船する当日、外から眺めた豪華客船は、その大きさと輝くような白さに、光江は圧倒される思いだった。乗務員に案内された部屋は思ったより広く、大きなクイーンズサイズのベッドに、二人用のテーブルもソファーもあった。勿論大型のテレビ設置されていて、コンピュータが使える机もあった。船室の出口の傍にはシャワーとトイレもついていた。バルコニーもついていて、バルコニーには小さなテーブルと椅子が二つあり、外の空気も吸える。光江は持ってきたスーツケースをベッドの上に放り出すや否や、「わあ、素敵」と歓声を上げ、すぐにバルコニーに出て、出航する前の港の景色を見た。何もかも輝いて見えた。その後は、自分で淹れたコーヒーをバルコニーに持って行き、ニールと向かい合わせで飲み、まだ乗船をしている人たちが小さく見えるのを、楽しんだ。幸いにも天候にも恵まれ、青い空に紺色の海が見え、楽しい旅が待っているだろうと光江は幸福感に満ち溢れていた。。
 大きな汽笛を鳴らして港を出た船は、一路インドネシアのバリ島に向かった。船の中を探索すると、パンフレットに載っていたように、シャンデリアの輝く大食堂、踊りや歌を披露する劇場、プール、ジム用の器具が揃った運動用の部屋などがあり、ゆっくり歩いてみて回るだけでも1時間かかった。
 乗船した翌日の朝はルームサービスで朝食を取り寄せ、海風に吹かれながらバルコニーで朝食を取り、食後はゆっくりと回りの群青色の海と遠くに見える緑の島と青い空の自然の風景を眺めて楽しんだ。昼間はデッキを散歩したり、日光浴をしたり、船の中にある映画館に行ったりした。夜は豪華なディナーの後、バンドの演奏する曲に合わせてダンスをしたり、テーブルを何人かで囲んで、初めて会った他の船客とおしゃべりをして楽しんだ。メルボルンから出航した船なので、乗船客は7割くらいは白人、3割くらいが、アジア人くらいだった。船客は、時間とお金のある60歳以上の退職者がほとんどのように見えた。
 最初に寄港したのは、インドネシアのバリ島だった。船が港に着くと、すぐにバスに乗ってバリ島の繁華街に連れて行かれた。バリ島の白い砂浜で青い海から打ち寄せる波を見ながら、ビーチチェアに座って、暑い日差しを浴びた。そんな中で冷たいカクテルを飲むと、その冷たさが喉を伝って胃に流れ落ちる感覚を楽しんだ。その後は、土産店で、子供や孫のために土産を買いこんだ。荷物が増えても、船室に置いて置けばよく、飛行機の旅のように、目的地に着くたびに荷物を持ち歩く必要がないので、気楽だった。
 毎晩船長の座るテーブルで、かわるがわる客が招待されて、船長を囲んでの食事を楽しむ機会があるとは聞いていたが、光江とニールが船長のテーブルに招待されたのは、船旅を始めて10日目のことだった。光江は青色のパーティー用のドレスに身を包んで、背広姿の夫と二人で、船長のいるテーブルに行った。少し早めについたせいか、テーブルには船長しかおらず、船長と握手を交わして、船長の傍に座った。座ったかと思うと次々に他の招待客が現れ、10人用のテーブルは9人まですぐにうまった。光江は今日の招待客は光江たちを含めて4組のカップルかと思ったのだが、皆が談笑しているさなか、15分遅れで一人の40代くらいの女性が現れ、一つ空いていた席に腰かけた。その女は豊かなウエーブのある茶色の髪を肩までたらし、大きな茶色の目をしてまつげが長く、色白なためか、真っ赤な口紅をした唇が変に際立って見えた。光江は、きれいな人だと思い、ニールに「きれいな人ね」とささやいた。ニールは表情を硬くして、「そうだね」とうなずいただけで、女の方を見ようとしない。光江は、ニールの様子が変なのに気づいて、「もしかしたら…」と心の中で疑いを持ち始めた。光江はニールの浮気相手には、実際には会ったことがない。皆仕事がらみで知り合った女ばかりだったからだ。もしかしたら、この女はニールの浮気相手の一人だったのではないかと思った。だから、光江の目はその女に釘付けになった。その女は一瞬ニールと光江の方を見たが、その後は何事もなかったように、隣の乗船客と話し始めた。光江は全身を耳にして、彼女が何を話しているのか聞こうとしたが、彼女はテーブルの真向かいに座っていたので、会話の内容を聞くことができなかった。

著作権所有者:久保田満里子

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2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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