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船旅(16)

ニールが船長に会うと、船長は「リチャードーさんは5時過ぎに来ましたよ。厨房の連中にはリチャードーさんをキッチンハンドとして紹介しておきました」とにこにこしながら言った。
「リチャードーさんに会いますか?」と、ニールは聞かれて、
「いや、できるだけ彼との接触は避けたいと思っています。ともかく彼が無事乗船したと聞いて安心しました」と言った。
「ただ、彼の寝泊まりする場所だけは教えてもらえませんか?おおっぴらに警護はできませんが、夜中に見回りたいので」
船長は、船内の地図を広げて、
「ここです」と船底の小さな部屋を指さした。
「一人部屋ですか?」
「いえ、相部屋です。一緒の部屋を使うのは、5年前からこの船の厨房で働いているフィリピン人の男で、信用できます」と、船長は自信を持って言った。
 その晩、ニールは午前1時と4時に、リーのいる部屋の近くまで偵察に行った。もしも誰かがリーの部屋を見張りでもしていたら、リーをまたどこかに移して、ほかの方法で国外に連れ出す方法を考えなければいけない。だが、今はその可能性を考えたくなかった。幸いにも、その日の偵察では、リーの部屋を誰も見張っているようには見えなかった。
 30分後ニールが戻って来たので、光江とニールは夕食を食べに出かけた。食堂ではリンダとアンドルー、そしてナターシャとマイクの4人が一緒に座っているのを見かけ、一緒のテーブルに座った。光江は、ウイルソン夫妻は香港で降りてしまったので、それほど彼らの姿が見えないことは気にならなかったが、アマンダの姿が消えてしまったのは、なんだかぽっかり穴が開いたように思えた。
「今日は、何をしたの?」とリンダに聞かれ、
「ダーイーユーサーンに行って来たわ」と光江が答えると、
「それってどこ?」とナターシャが聞いた。ナターシャたちは知らないようだったが、リンダが行ったことがあると言った。
 それからダーイーユーサーンの話や、リンダたちとナターシャ達が行ってきた香港一の観光名所、ビクトリアピークの登山電車の話で盛り上がった。
「あそこの登山電車って、窓もないから、見通しはいいんだけれど、急な坂を上る時、前につんのめるのではないかって、ちょっと心配だったわ」とリンダが言うので、
「そうね。でも、そのちょっとしたスリル感がまたいいのよね」とナターシャは、言った。
「そういうものかしら」と、リンダは、ナターシャの意見には納得いったようには思えなかった。
「明日は、どうするの?」とリンダに聞かれ、ナターシャは、「今日、マイクのスーツを注文したから、明日は仮縫いに行かなければいけないのよ」と答えた。そう言えば、香港では短時間でスーツを作ってくれる店がたくさんあり、昔、光江もニールのスーツとワイシャツを作ってもらったことを思い出した。でも、ニールは退職したことだし、もうスーツやワイシャツを買う必要はなくなっていたので、そんなお店があるのも、ニールも光江も忘れていた。
「私は明日は、洋服を買いに行くわ」と光江が言うと、リンダもナターシャも
「そうね。ここで売っている服、あなたなら、着れるわよね。私には小さすぎて、合わないわ」と残念そうに言った。
明日は皆でどこに行くか、結局話がまとまらず、明日も別行動をすることにして、光江とニールは皆と別れた。

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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