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夫の秘密(2)

その年は、希子はいつものように母親と一緒に桜を見に行ったり、温泉に行ったりしたが、心が浮き立たなかった。母親から「何かメルボルンであったの?」と聞かれ、希子はどっきりした。さすが母親の感は鋭い。
「別に何でもないわよ」
慌てて答えた。
「そう。それならいいんだけれど」と母親は納得しかねる顔だったが、それ以上はつっこんでこなかった。
 希子は、日本にいる間、毎日のようにWhatsAppと言う、Lineと同じような機能をするアプリを使って、トムにメッセージを送った。
「今日は、私はママと日本庭園の見れる料亭で、お昼ご飯を食べたわ」
「今日は大学時代の同級生とフランス料理を食べに行ったの」
と自分がいかにも楽しんでいるかのように、メッセージを送り、メッセージの最後は、
「あなたは今日何したの?」と必ず付け加えた。それに対してトムの返事は決まっていた。
「特に何も。希子が帰って来るのを首を長くして待っているよ」
そのメッセージを読むたびに「本当かな?」と希子の顔には皮肉な笑いが浮かんだ。
 母親には勿論悩みを打ち明けられなかったが、高校からの友達にも言えなかった。だって、いつもいかに自分が良い夫を持って幸せかと吹聴していたのだから、今更ながら、「トムは浮気しているみたい」などとは言えなかった。悩みがあるのに、それを隠して、幸せそうなふりをするのも疲れる。だから、いつもなら日本滞在の1か月はあっという間にすぎるのだが、この年は、時が経つのが遅く感じられた。
 一か月がたち、メルボルンに帰る日になると、やっとメルボルンに帰る日が来たのかと希子は思った。帰ればすぐに探偵から調査報告を聞くことになっている。どんなことを聞かされるのかと思うと不安が頭を横切る。
 いつもなら、日本を離れる時、飛行機からの日本の夜景に目をやって、少しメランコリックな気分になるのに、その時は、メルボルンに帰ってからどうすべきかと考えていて、夜景も希子の目に入らなかった。
 メルボルンに戻った翌日、約束通り探偵は希子の家を訪れた。まるでテレビ映画に出てきていたアメリカの刑事コロンボに似たような風采の上がらない探偵だったが、テーブルに報告書を置くと、調査結果を報告し始めた。
「あなたが日本に行っていらっしゃる間に、確かにご主人はこの家にもう一人の人物と住んでいました」
と聞いた時、覚悟はしていたはずなのに、希子の心臓の鼓動が早くなった。
探偵は、何枚かの写真を取り出し、テーブルに並べながら、
「この写真の人物が、ご主人の相手です」と言った。
希子は写真を手に取って、思わず「あっ」と驚きの声をあげた。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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