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夫の秘密(6)

トムはほっとしたような顔をして、「二人ともネガティブだったよ」と答えた。
「え、本当」
 希子は自分がネガティブだと言う可能性は考えていたが、トムまでネガティブだとは思ってもいなかった。しかしじわじわとその結果が頭に入って来ると、思わず「ばんざい!」ともろ手を挙げて叫んでいた。トムも久しぶりに笑顔を取り戻して希子を見たが、希子としては、トムと手を取り合って喜ぶと言う気分にはなれなかった。
エイドでなかったと言う安堵をかみしめた後、希子はこの1週間、考えに考え抜いて出した思いをトムに告げた。
「私、考えたんだけれど、しばらく日本に帰って、これからの私たちのことをじっくりと考えたいと思うの」
「別居をしたいと言うことか?」とトムが顔色を変えていった。
「そう。またあなたとやり直せると思うかどうか考える時間が欲しいの」
トムは自分に非があるのを知っているので、がっくりとして、小声で言った。
「僕が悪いから仕方ないけれど、僕は希子とずっと一緒にいたい」
「そう思うなら、最初からカロスと付き合わなければよかったのに。あなたもカロスと別れてからもまた別の男と出会う可能性もあるし、お互いにもう一度考え直しましょう」
思わず強い口調で言った。
 トムは「分かったよ」と下を向いて小声で言った。
 希子は、それから荷物をまとめて、1週間後、日本に帰国した。家を出る時、もうこの家に戻ってくることはないかもしれないと思うと、悲しい思いで胸が締め付けられるようだった。トムは空港まで見送ってくれたが、お互いに交わす言葉を思いつかず、道中黙ったままだった。出国ゲートに入って行く時、突然トムは希子を抱きしめて、耳元で「アイラブユー」を言った。それを聞いても希子には何の感慨もわかず、「じゃあ」と言っただけでくびすを返して、出国ゲートに入って行った。
 いつもは、日本に帰る時に感じるワクワク感はなく、空気の抜けた人形のような気がした。
 希子の両親は、希子の突然の帰国に戸惑っていたようだった。
「一年に2回も帰って来るなんて初めてね。今度はどのくらいいられるの?」
母からの質問に、
「さあ、分からないわ。もしかしたら、オーストラリアに帰らないかもしれない」と言うと母親は、
「トムとの間に何かあったの?」と突っ込んでくる。
希子は、恥ずかしい気持ちでいっぱいで、詳しい事情を話せなかった。涙ぐんだ希子を見て、母親はびっくりして、
「希子ちゃん」と言うと、希子を抱きしめ、それ以上質問をすることをやめた。
母親としては、希子は離婚をするかもしれないと言うことだけは、感じ取ったようだった。
希子が帰国してから、毎日のようにトムから電話がかかってきたが、希子は電話に出ようとはせず2,3日、ため息ばかりついて、馬鹿みたいにテレビの前に座って、ぼんやり過ごした。

ちょさく

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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