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足立良子さんの物語(3)

 レポーターになると言っても、お金になることをしなければ生きていけない。良子さんはメルボルンに住み始めた頃は、生活の糧を手っ取り早く得るために、人材派遣会社に登録して、いろんな仕事をした。
 オーストラリアで最初に得た仕事はティーレディの仕事。つまりお茶くみである。その頃のオーストラリアでは、会社で毎日2回、朝と昼に社員にお茶を出すところが多かった。2週間の休暇を取るティーレディのピンチヒッターである。仕事の引継ぎの時、あの社員には紅茶にお砂糖一つとミルク少々入れたものとか、この社員にはブラックコーヒーとかそれぞれの飲み物の好みを聞いたけれど、覚えきれなくて不安な気持ちで仕事に臨んだ。ところが、驚いたことに、新人の良子さんに負担をかけないようにと、社員たちは皆自分でお茶を作りに集まってくれ、会社の幹部の人用には秘書が来て、飲み物を作り、良子さんはただ見ているだけでよかったそうだ。その時、オーストラリア人はなんて親切なんだろうと思ったと言う。
 またタイピストとして法律事務所で封筒にあて名をタイプする仕事は1週間する予定だったのに、一日で首になったとか。その原因は、手書きが読めなくてタイプミスをしたり、住所の略字が分からなかったりしたためだった。まだメルボルンの地理には詳しくなかった良子さんは、St.Kがセントキルダの略字だとは知らなかったそうだ。
 そんな仕事をする間に、その頃住んでいた地区のハイスクール12校に、履歴書を送って、日本語教師の口はないか探した。
「普通なら、校長なんて忙しいから、そんな手紙が来ても無視すると思うでしょ。でも、皆さん、ちゃんとお返事をくれたのよ。今のところ日本語を教えていないけれど、教えるようになったらあなたに声をかけるよとか、うちはいらないけれど、頑張ってねとか、温かい励ましの返事をくれたのよ。だから、その時もオーストラリア人って、なんて親切なんだろうと、またまた感激したわ」
 こんな経験を通して、景色だけでなくオーストラリア人に対する好感度もアップしたそうだ。
 そのうち、日本語教師の口が見つかった。あとで知ったことだが、彼女が教えた有名な私立校Star of the Seaの生徒だったテイラーズ姉妹は、私もモナシュ大学とスインバン工科大学で教えた人達だった。テイラーズ姉妹は優秀な学生だったので、私にも印象深かった人たちだ。モナシュ大学でパートで教えていた時、姉のベロニカさんが、私が手渡した夏目漱石の「吾輩は猫である」の原文を見て、すぐにクスクス笑い始めたのには、驚かされた。彼女はアメリカの大学の法学センターの所長をやった後、オーストラリア国立大学の法学センターの所長になった人である。妹のキャサリンさんは、スインバン工科大学の大学院で教えたが、大阪総領事をやった人である。良子さんと私はこんなつながりもあったのである。

謝辞:良子さんからじかに聞いたお話以外に、「ユーカリ出版」(http://www.yukari-shuppan.com.au/)のインタビュー記事も参考にさせていただきました。


 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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