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岡上理穂さんの物語(4)

久保田:どんなところに住んでいたんですか?大学の寮ですか?
岡上:寮はね、消費者社会から来た人間が住めるようなところじゃなかったんですよ。だから、大学が下宿先を斡旋してくれたんです。その下宿先を見に行く時、今さっき話した上智大学の恩師の親友が一緒に来てくれて、ここなら安全と言ってくれたところに決めました。そこはアパートで、大家さんは年配の未亡人でしたが、その人が小遣い稼ぎに下宿人を入れていたんです。私は一部屋もらって、キッチンやバスルームは共同でした。静かな所で、部屋の窓の外は栗林でした。その向こうにワルシャワ統計大学(現在はワルシャワ経済大学)の建物がありました。通りの反対側には感じの悪い高い塀がありました。何と監獄。後で知ったのですが、政治犯が収容された悪名高き監獄だったんです!今は政治犯記念館になっていて見学できるけれども当時は恐ろしいところで、私が下宿先の通りの名前を言うと「えっ?」っていう顔をされましたね。
食事は、自炊しない時は大学の食堂で食べました。大学の食堂は、ご飯が安く食べられるんだけれど、食べ物を選べるわけではないんです。お盆のような物を持って行くと、おばちゃんたちが、いろんな物をパンパンパンとのせてくれるわけ。ものすごい量なんだけれど、そのデザートと言うのが、最初見た時得体のしれないものでした。白い物にイチゴのソースが載っていて、その上に生クリームがかけてあったんですが、一口食べて、その白い物がご飯だったのでびっくりしました。これがポーランド人は大好きなの。ポーランド人は親切で、よくおもてなしをしてくれるんだけれど、「日本人はご飯が好きなんでしょ」と言われると、「甘いご飯だけは私は食べられないから、それだけはやめてください」って釘をさしておくんですよ。そういうと、皆に不思議そうな顔をされましたけど。今でこそポーランド人もスシをよく食べてますけど、あの頃は米といえばデザートでしたからね。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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