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恋物語(4)

オーストラリアに来て、初めてケリーに会った時、この人とならやっていけると思った。ケリーは和子より5歳年上で包容力のあるやさしい人だった。今まで一人で生きてきた和子にとって、初めて現実に自分を守ってくれる人ができたという心の安らぎを味わうことができた。そして40過ぎて念願の子供にも恵まれた。高齢出産で、お産は大変だったが、ケリーは生まれた子供を溺愛し、和子はケリーとの幸福な結婚生活に浸った。しかし、そんな幸せな生活は長く続かず、またもや不幸が襲った。ケリーが肺がんにかかったのだ。ケリーは海軍の軍艦に技師として勤めていた時、アスベストに肺をやられてしまっていたのだ。ケリーの闘病生活は、はたから見るのもつらく、夫の奇蹟的な快癒を神に祈ったが、その願いも空しく、ケリーは和子と2歳の息子、オリバーの見守る中、息を引き取った。たった4年の結婚生活だった。和子はまたもや絶望に襲われた。
 ケリーの葬式が済んだその晩、息子が寝た後、これからの生活に対する不安の波に襲われて、和子は電気をつけるのも忘れて暗闇の中にじっと座って暗闇をみつめた。その時、突然デニスのことを思い出した。ケリーが生きていた時、思い出すこともなかったデニス。そうだ。デニスはどうしているだろう。デニスはオーストラリアにいるはずだ。夫を亡くした哀しみをデニスに聞いてもらいたい。そんな衝動におそわれた和子は、オーストラリア中の電話帳で、アンダーソン Dと言う名前の電話番号を調べ、片っ端から電話をかけて行った。そして10通話目に電話に出た女性に自分の探しているデニスのことを知らないか聞いたとたん、その女性から「デニスから、あなたのことは聞いています」と言われ、一瞬息をのみ込んだ。
「今デニスの電話に切り替えますから、待っていてください」と言われ、しばらくすると「ハロー。和子なのか?」としわがれた声が聞こえた。もう別れて25年近くなる。デニスのいかにも年を取ったような覇気のない声に、時の隔たりを感じた。
「そう、和子。今メルボルンにいるの」
「メルボルン?どうして?」
 そこで、和子はデニスと別れた後、尼僧になり、5年前には僧院を出てオーストラリア人のケリーと結婚し、一子にも恵まれたことをかいつまんで話した。じっと和子の話に耳を傾けていたデニスは「じゃあ、幸せだったんだね。良かった」と言った。そして、日本人のオーストラリアへの入国が可能になった時、和子をオーストラリアに連れて帰ろうと、呉に和子を探しに行ったことを話してくれた。
「でも、君は尼僧になった後だった。君にとって信仰がどんなに大切か知っていたから、君のことを諦めてオーストラリアに戻って来たんだよ」と言った。和子はそんなにもデニスが自分のことを大切に思ってくれていたのかと、感激で胸がいっぱいになった。そして、「会おう」と言ってくれると思い、次の言葉を待った。しかし、デニスは「君も一人になってつらいだろうが、子供さんのためにも頑張ってくれ」と言った。
 その言葉に、和子は一瞬デニスに突き放されたような気がしたが、彼の次の言葉は和子をもっと驚かせた。

ちょさく

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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