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木曜島の潜水夫(10)

トミーの負けが続いていた時、ギャンブル仲間から、
「矢倉太郎一を知っているか?」と聞かれた。
「知らない」と答えると、
「串本出身の有名な賭け師だよ。ギャンブルの神様と言われているんだ。ギャンブルをするなら、彼の墓参りをして、墓のかけらを取って来ると、運が向いてくるって話だよ」と、教えてくれた。
「それで、お前の運は良くなったのか?」と聞くと、
「まあ、いつも勝とは限らないが、負けるより勝つ方が多くなったよ」と言うので、トミーは、その仲間に矢倉の墓に連れて行ってもらった。小高い林の中に入って行くと一つポツンと石造りの立派なお墓が立っていた。それが、矢倉の墓だった。矢倉の勝負運の強さにあやかりたいと、皆が墓のかけらを取っていくせいか、墓石はあちらこちらかけていた。トミーは、持って行った花を飾り、線香を炊くと、墓の前で膝まずき、「賭けに勝たせてください」と神妙に祈った。お参りがすむと、墓石のかけらを取って戻り、賭け事に出かける時は、そのかけらを袋に入れて持ち歩くようになった。その後も、客観的に見て、特別勝負運が強くなったわけではないが、何となく勝負に臨むとき、勝てるような気分になった。
 そんなトミーを苦虫をつぶしたような顔で見ていた人物がいた。それは、串本ハウスの会長、中井甚平だった。中井は皆から尊敬されていた優秀な潜水夫で、弟の寿一のボスでもあった。中井には、串本ハウスの親方として、下宿人の面倒をみる責任がある。下宿人の給料を管理して、下宿人の親に送金をして、その残りのお金を下宿人に渡す。ところがトミーはお金をもらってもすぐに使ってしまう。これは、少し説教しなければいけないと思い、ある日トミーを呼び出して、「お前、貯金もしないで、どうするつもりだ。お前だっていつまでも一人者でいるつもりじゃないだろ。これじゃあ、結婚もできんぞ。」と、コンコンと諭した。それと言うのも中井はトミーが心に決めた女性がいることを知っていたからだ。その女性はジョセフィーン・チンと言い、木曜島で腕の良いテーラーとして有名な中国人のジョーゼフ・チンの5番目の子供で、2番目の娘にあたる。ジョゼフィーンの母方の祖父母はサモア人だが、祖父はスコットランド人の牧師の養子になって、スコットランドで教育を受けたと言うユニークな人物だった。ジョセフィーンは中国人とサモア人の混血だったためか、色は黒かったがエキゾチックな目鼻立ちのはっきりした美人だった。そのうえ社交的で、愛嬌があり、陽気でおおらかな性格だった。そのため、彼女に心を寄せる独身男性はたくさんいた。恋敵がたくさんいたわけが、トミーは恋敵に勝つために、一生懸命英語を勉強した。何年木曜島に住んでいても英語が話せない日本人が多かった。それと言うのも、日常生活では英語が話せなくても困ることがなかったからだ。ジョセフィーンは日本語が話せないので、彼女に近づくためには英語は必須である。もう一つトミーが彼女のためにしたことは、クリスチャンの洗礼を受けたことだった。教会に通えば、彼女の姿が拝めた。そして教会でジョセフィーンとよく顔を合わせるようになると、思い切ってデートの誘いかけた。すると、彼女がにっこり笑って「いいわよ」と言ってくれた時は、天にも昇る心地だった。ジョセフィーンは、優秀な潜水夫であり、温厚な人柄で人付き合いの良いトミーを、憎からずと思っていたのだろう。二人はピクニックに一緒に行くなど、一緒にいる所が良く見られるようになった。
 中井から叱られた後、トミーはシュンとなって、その後はしばらくおとなしくしていたが、それも長く続かなかった。またまたギャンブルにはまって、また中井に説教されると言う繰り返しだった。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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