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木曜島の潜水夫(16)

 1941年12月6日、ついにトミーたちが恐れていたことが起こった。日本軍がハワイの真珠湾を奇襲し、米国に宣戦布告したのだ。それにこたえて、オーストラリアは即時に日本に宣戦布告をした。無線ラジオでトミーの船の乗組員が戦争が始まったことを知った時は、トミーは海に潜っていた。海から上がって来たトミーを、日本人の乗組員たちが不安な顔で待ちわびていていた。いつものように、トミーが潜水病にかかっていないか確認した後、乗組員の一人がトミーに戦争開始のニュースを伝えた。トミーは、「とうとう戦争が始まったのか」とつぶやくと、しばらく黙り込んだ。トミーは国のすることに口をはさんだからと言って、どうしようもないことを知っていたが、この時ばかりは日本人であることが疎ましかった。「このまま木曜島に戻ったら逮捕されて、オーストラリア軍にどんな目にあわされるか分からないぞ」と、皆不安におびえて、トミーの一言を待っている。これからどうするかと言う判断はトミーにゆだねられている。しばらく考えた後、トミーは自分の決断を皆に伝えた。
「それじゃあ、俺の誕生日の12月10日まではターンアゲイン島で真珠貝採取をやめて、休もう。そして、俺の誕生日を祝ってから木曜島に戻ることにしよう」
 皆の心には、嫌なことは先延ばしにしたいと言う思いがあった。だから皆ほっとしたような顔をした。
 12月7日は、近くにいた日本人が操業していた船10隻は木曜島に向かったが、トミーたちは居残った。その間、トミーたちは平静を装って冗談も言い合ったが、心は穏やかではなかった。3日後に、トミーたちはトミーの誕生日を祝い、食べたり飲んだりの宴会をしたが、もうこれが酒を飲んで楽しめる最後の時かもしれないと思うと、表面上は楽しそうにふるまっていても、皆の心の奥にある不安はぬぐえなかった。そして、船は木曜島に向かった。遠くに木曜島の船着き場が見えた が、そこは物々しく銃を持った兵士たちがいるのが見えた。船着き場で、トミーたちは、銃を持って待ち構えていた兵士に迎えられた。乗組員全員、「早く降りろ」と怒鳴る兵士たちに銃で脅かされながら、船を下りた。トミーたちが下船すると入れ替わりに、兵士たちが船になだれ込み、船内を調べた。その様子を見ながら、トミーたちは兵隊たちに取り囲まれ、寄宿舎に連れて行かれた。寄宿舎の周りは鉄条網で囲まれ、隅々に銃を持った兵隊が立っている。寄宿舎は刑務所に化していた。
予測していたこととは言え、捕虜の身になったことを骨の髄まで感じさせられた。
「ジョセフィーンたちは、どうしているのだろう」
 トミーは、その事ばかりを考えていた。珠代は三歳になっていて、ジョセフィーンは次の子を身ごもっていた。

ちょさ
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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