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木曜島の潜水夫(19)

トミーは、翌朝、目が覚めると、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。そして2段ベッドの下に寝ているのに気づくと、初めてヘイ収容所に連れてこられたことを思い出した。
 ベッドを出ようと思うと、夏なのに肌寒さを感じた。木曜島は年中暑かったのに、ヘイは内陸にあるために、朝晩の寒暖の差が激しかった。
 そして一番最初に頭に浮かんだのは、「ジョセフィーンたちはどうしているんだろうか?」と言うことだった。トミーは、家族の安否を気遣って、暗い気持ちになった。
 7時に点呼を取ると言うので、外に出て列になって立たされ、衛兵が逃亡者がいないか確認していった。初めての経験で、緊張した。その後は、午前11時と午後5時15分に点呼があり、夜は、午後8時半と11時半にも衛兵が抑留者が部屋にいるかどうか確認しに来た。それ以外は自由にしてよいと言われた。
 ヘイ収容所には、オーストラリア全国から送られて来た真珠貝採取に従事していた日本人が510人もいた。
 朝食をとるため食堂に行くと、多くの抑留者でにぎわっていた。朝食のパンとバターと紅茶とミルクを当番の者からもらって、適当に座ると、隣に座った大柄な男が、トミーに声をかけて来た。
「あんたも、潜水夫か?」
「そうだ。木曜島から連れてこられた」
「そうか。俺はブルームからだ」
トミーはこの男がすぐに和歌山県出身者だと分かった。和歌山のなまりがあったからだ。
「和歌山からか?」
「そうだ。あんたも和歌山からだな。おれは、安井正男って言うんだ。よろしくな」
食堂を見渡すと、ほとんど真珠貝採取の潜水夫のように見えたが、小ざっぱりした服を着たグループの人達が目についた。そのグループは、他の抑留者とは違って、明るい雰囲気を醸し出していた。
「あそこに座っている人達は、どういった人達なんだ?」
「ああ、あれは、日本企業のオーストラリア駐在員だった人達だ。でも噂では、近く捕虜交換船が迎えに来て、日本に帰るって言うことだ」
「そうか」
日本に帰れることで安心しているのかもしれない。もっとも、トミーは日本に帰る気はさらさらなかったが、家族の元に帰れる連中が羨ましかった。
「あそこで、今話しているのが、キャンプリーダーの三宅さんと言う人で、東棉の支店長だった人だよ」
 それから、安井とは、時々食堂で顔を合わすと、挨拶を交わす仲になった。安井は、かなりの情報通で、トミーに色んなことを教えてくれた。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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