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家族(1)

 マーガレットは、明るい日差しのさすサンルームから、庭に咲いているピンクのバラの花をぼんやりと眺めていた。目は花を見ていても頭の中には別の思いが駆け巡っていた。「いつ話したらいいだろう。その話を聞いた後、二人の娘、ケイトとガブリエルは、どんな反応をするだろう」
 マーガレットは3か月前に、ケイトとガブリエルの父親、ニールと離婚した。ニールが若い女を好きになって、家を出てしまったのだ。よくある話である。離婚に傷ついたマーガレットに、娘たちは故郷のイギリスのリバプールに、休みを兼ねて遊びに行ったらと勧めてくれた。だから、一か月勤務先の病院から休暇を取って、一人リバプールに帰った。マーガレットは看護師だった。そのマーガレットに、故郷で思わぬことが起こったのだ。きっかけは、高校時代からの友人のサーシャに会ったことから始まる。久しぶりに会ったサーシャは陽気で高校時代から余り変わったようには見えなかった。いや、全然変わらないと言うと嘘になる。ティーンエージャーの時はほっそりしていたサーシャの腰回りは2倍くらいに膨れ上がっていたのが大きな変化だと言える。カフェで紅茶とスコーンを楽しみながら昔話に花を咲かせていた時、サーシャが言った。「ねえ、サイモンを覚えている?」
 勿論マーガレットはサイモンのことを忘れるはずはない。サイモンはマーガレットの初恋の人だっただけでなく二人の間には子供までできていたのだ。でもまだ16歳だったマーガレットが妊娠したことをサイモンに告げると、サイモンは逃げ腰になった。無理もない。二人とも高校生だったのだから。マーガレットは子供を生むかどうか悩みに悩んだ。でも経済力もないマーガレットは両親の決定に従うことしかできなかった。両親から言い渡されたのは、子供を生んで養子に出すことだった。カソリックの信者だった両親には堕胎という選択肢はなかったのだ。生まれたのは、男の子だった。生まれたばかりの小さな赤ん坊の体を抱きしめた時、子供を手放さなければならないことがつらくて泣いた。その時の身を切られるような心の痛みが鮮明によみがえってきた。その子は生まれて間もなく、養子にもらわれていった。新しく息子の両親となった人たちとは一度も会っていない。また、養子にもらわれて行って以来、その子にも会っていない。しかし、心の奥底で、時折ふと、今どんなふうに暮らしているのだろうと思うことがある、しかし、それにニールや自分の娘たちにも話したことがない秘密だった。サーシャも、その事情を知っている。
「勿論、覚えているわ。サイモンがどうかしたの?」
「サイモンね、最近離婚したんだって」
「えっ、離婚した?」
「そう。もしあなたがまた彼との仲を取り戻したいと思うのなら、今がチャンスよ」
ニールが去った後の心の空洞を、果たしてサイモンが満たしてくれるのだろうか。そんなことを思いながら、サーシャに聞いた。
「彼の住所知っている?」
「勿論よ。住所書いてあげるわね」と言って、ハンドバックから手帳を取り出し、ペーパーナプキンに、住所を書き写してくれた。
もらったペーパーナプキンを握りしめて両親の家に帰ったその晩、マーガレットはサイモンに連絡しようかどうか迷った。よりが戻るところまでは期待できなくても、サイモンがどんな風に変わっているか興味はあった。
「私もフリーなのだし彼もフリーだったら、別に会ってもやましいことはない」そう、自分に言い聞かせて、サーシャのくれたサイモンの電話番号を押した。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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