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行方不明(18)

トニーが立っていた所には誰もいなかったが、そこから一人くらい通れる小道が奥の方に続いていた。静子は、何も見落とさないぞと言う風に顔をひきしめて、左右と下をゆっくり見ながらその小道を歩き始めた。ライアンは静子の後について行った。
分ばかり歩いた頃、静子は道脇の笹に細い鎖が引っかかっているのをみつけ、手にとってじっと見つめた。一分ぐらい眺めていたのであろうか。突然泣き始めた。
「どうしたんだ。?」といぶかるライアンに、「これ、トニーの鎖だわ」と言った。
「結婚指輪をしないで、いつも私のあげた鎖をつけていたの。確かにこれはトニーのだわ」
顔が真っ青になっていた。

静子はその鎖が見つかった脇道を草を掻き分けズンズン進んでいった。そして一箇所草が周りと比べて伸び悩んでいるのを見つけた。そこを見たとたん静子は背筋がぞくっとしたように、身震いをした。
「トニーはここにいるんだわ」確信を持って言った。
ライアンは半信半疑だったが、「ともかく、シャベルを買ってきて掘ってみよう。」と言って、車のほうに引き返し始めた。静子はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、はっとわれに返り、ライアンの後を追って車に戻った。それから町の繁華街に行き、二人で雑貨店を探してシャベルを買い、鎖のみつかった場所に引き返した。その頃は、もう五
時になっていた。

 草が伸び悩んでいる所は木で覆われているためか、五時でも薄暗かった。1メートルの円形になっている部分をライアンは掘り始めた。掘る作業は思うほどははかどらなかった。周りの大木の根が張り巡らしていて、根を切りながらの作業だったからだ。それでも三十分経つと3センチくらいの穴ができた。それからどのくらいたったのか、二人とも夢中で覚えていないが、10センチくらい掘ったとき、白い骨のようなものが出てきた。二人は、思わず顔を見合わせた。静子の六感はあたっていたのだ。静子の目から涙がこぼれ始め、その場に泣き崩れた。ライアンは信じられないという思いが捨て切れなかったようだ。

「静子、骨がでてきたと言っても、トニーのものかどうかわからないよ」と言ったが、静子はヒステリックに「トニーのものだわ。トニーに決まっているわ」と泣きじゃくった。
「ともかく警察に連絡しなくっちゃ。この骨が本当にトニーのものかどうかも調べてもらわなくちゃ。もしかしたら、犬やカンガルーの骨って言うこともあるからね。」と言った。あたりはすっかり暗くなっていた。泣いている静子の肩を抱いて、ライアンは車に戻り、携帯で警察に連絡した。

 三十分もすると警察の車や報道陣の車が集まり、俄然騒がしくなった。骨の見つかった場所はテープで封鎖され、静子とライアンは警察署に連れて行かれた。警察署に行って、初めて昼から何も食べていないことに気づき空腹を覚えた。警官が親切にハンバーガーを買ってきてくれ、二人とも黙ってぱくついた。警察ではもっぱら静子が事情の説明に当たった。静子の夢の話では聞いていた刑事がにやりとしたのは、刑事も静子の夢をあまり信用していないからだろう。だが、骨が見つかったのは事実である。本当にトニーの骨かどうかを調べるためには、トニーのDNAを調べる必要がある。トニーの所持品か何かないか問われ、メルボルンにいったん戻らなければいけないことになった。その晩は予約していたモーテルに泊まり、翌日早くメルボルンに向かった。メルボルンに帰る道中は二人とも寡黙になっていた。車の中で静子は姑に電話して、簡単に状況を説明した。電話の向こうでは「何てことでしょう。」と姑が絶句し、すすり泣くのが聞こえた。

メルボルンに着いてからは、警官が静子のマンションに来てトニーのDNAが割り出せそうなものを探した。結局、トニーが使っていたヘアーブラシをプラスチックの袋に入れて持って帰っていった。DNAの検査には三日はかかると言われた。静子はトニーだと確信していたが、姑は警察から確定されるまでは信じたくないと言っていた。

 静子にはその三日間は長く感じられた。三日目に待ちに待った警察からの電話があった。思った通り、トニーの骨だった。そして死後一年半を経っているということであるから、失踪してすぐに殺されたようである。死因は頭蓋骨の後頭部がへこんでいることから頭を後ろから鈍器のようなもので殴られたためだと考えられた。警察は殺人事件として調査に乗り出した。

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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