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行方不明(19)

 静子は姑と共にトニーの葬式の準備で忙しくなった。葬儀屋に連絡し、新聞に葬儀の知らせを掲載してもらった。普段挨拶程度のつきあいしかなかった近所の人が葬式の後の集まりのサンドイッチなどを作ってくれると申し出てくれ、ありがたくお願いすることにした。姑はトニーの骨は舅の眠っている墓地に埋めたいという。静子はそれに同意した。

 葬式の日は、雨が降っていた。葬儀屋の小さな集会所には人でいっぱいになり、静子を驚かせた。百名ばかりの参列者の半分は、静子の面識のない人たちだった。一人ひとりの悔やみを聞きながら挨拶をしたが、その中にはジョンの父親の顔も見えた。ジョンの父親は「残念だったね」とだけ言って、静子の手を握り締めた。それだけでも、静子は大きな慰めを感じた。元の会社の同僚のリチャードとケイトもいた。ジョンの葬式で会ったトニーの高校時代のグレッグも来てくれていた。葬儀に犯人が来るかもしれないということも考えられるからと、刑事が二人来て、参列者に目を光らせていた。葬式には日本から静子の両親も来てくれた。ただ忙しい中、英語が分からない両親の面倒を見るのは静子にとっては重荷になったが、悲しみを感じる時間が少なくなったのは結果的には良かったのかもしれない。静子の両親はこれを機会に日本に帰るように静子を説得し始めたが、静子はオーストラリアに残ると言い張って両親の説得には耳を貸さなかった。

 葬式も無事に済み、両親が去った後、静子は独りになって初めてトニーの命を奪った犯人に激しい憎しみをおぼえた。警察から事情聴取をされ、トニーに殺意をもつような人物はいないか聞かれたが、静子の知っている範囲では、誰も思い浮かばなかった。姑も聞かれたそうだが、姑も誰も思い浮かばないということで、捜査は暗礁に乗り上げたようだ。その上殺されてから1年半もたっていることも警察の調査を難航させているようだった。

 静子は、弔問客の記帳を見て、お礼の手紙を書き始めた。知らない人も多かったので、姑に手伝ってもらった。

 「これは、トニーのいとこにあたる人だよ」

 「これは、トニーの大学時代の友達」

姑の説明を聞きながら、ふとトニーが日本に来る前に住んでいたという家のことを思い出した。

「お母さん、そういえばずっと前に、警察からトニーが住んでいた家について聞かれたことがありましたよね」

「え、そうだった?」

「ええ、トニーが飛行場のそばにすんでいたことがあるかどうか」

「そういえば、そんなこともあったね。でも、それがどうしたの?」

「今ふと思ったんですが、今度の葬式に、そこに一緒に住んでいた人も来たんじゃないかと思って。もしそうなら、この名簿の中に、その名前があるかもしれないから、お母さんの記憶を呼び起こす助けになるかもしれないなと思うんですけど」

「でも、思い出したからって、何になるっていうの?」

「あの時、どうして警察がトニーの住んでいた家に興味をもったのか、お母さんご存知?」

「いいえ、覚えてないわ。」

「警察の人は『ミスター残酷』の捜査だと言っていましたよ」

「そういえば、昔子供を襲う連続暴行事件があったわね。確か最後の子は殺されたんだったわよね」

「そうだそうですね。私はトニーを殺すほど憎んでいる人なんて、どう考えても思い浮かばないんです。一つだけ考えられるのは、何か事件に巻き込まれたかもしれないということだけなんです。だから、トニーが空港の近くに住んでいた時のことを知っている人を探したらいいと思うんですが、この帳簿の中に、お母さんの思い当たる人の名がないか調べてもらいたいんです」

「そうだねえ」と姑は丹念に帳簿に載っている名前を一つ一つ調べていった。

 
著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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