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もしも、あの時(2)

「どうしたんだ?!」泣いている女の肩を揺すりながら、ケビンが聞いた。
「レイプ、レイプされたの」女はか細い声でそう言ったかと思うと、嗚咽し始めた。
「誰だ。誰にやられたんだ!」思わず声を荒げて聞いたポールに、「誰だか分からない。でも二人の男だったわ」と女は声を震わせながら答えた。
「二人の男なんだな?」と確認すると、女が泣きながらうなづいた。
ケビンとポールは、その男達を捜そうと、女をそこに残して、女が歩いて来た方向に向かって走り出した。5分も走らないうちに、遠くの木陰で二人の男が立っているのが見えた。そちらに向かって走って近づいて行くと、その男達はケビンとポールに気づき、突然逃げ始めた。
「あいつらだな。女をレイプした奴は。なんて不届きな奴だ。許せない」正義感が強く熱血漢である二人は男達を追っかけ始めたが、男達は途中で二手に分かれた。ポールはケビンに向かって、「左側に逃げた男を追え。オレは右手の男を追うから」と言って、こちらも二手に分かれて追っかけ始めた。日頃からフットボールをして体を鍛えているポールの足は速く、相手の男との距離がだんだん縮まって行った。公園の出口にさしかかった頃には、ポールはその男のジャケットの裾を引っ掴みんだ。男はその拍子にヒックリ転げた。30代半ばと思えるその男は、ほっそりしており、その顔には怯えが走った.その顔を見るとポールの怒りは燃え上がった。「なんでお前のような奴が女をレイプするんだ」と、正義の鉄拳をふるった。男は抵抗しなかった。ただ顔を庇うように手でおおった。それが男の罪悪感を裏付けているように思え、ますますポールの怒りの火に油を注ぐ結果になった。殴っていくうちに、エッセンドンが負けてむしゃくしゃしていた気持ちも発散されていった。何度殴りつけたことだろう。やっとポールの怒りもおさまり、手を止めると、男はぐったりして動かなくなっていた。顔は血まみれになっていた。ポールは自分の手を見ると、男の血で、真っ赤に染まっていた。その時初めてポールの頭に男が死んだのではないかと、一抹の不安が横切った。「おい、どうしたんだ。」と揺すぶっても、男はぐったりしたままで、答えなかった。大変なことになってしまったと、初めて冷や水をかぶせられた気持ちになった。その時後ろでケビンの声がした.
「オレの方は逃げられてしまったよ」
ケビンはポールの足下にうずくまっている男を見下ろし、「お前の方は、つかまえることに成功したようだな」と声をかけ、「よかったな」と続けようとした言葉を途中で飲み込んだ。呆然とつったっているポールの様子が異常だったからだ。「どうしたんだ」と初めて心配そうに声をかけた。
「男が動かないんだ」
「えっ?」と言って、ケビンはうずくまっている男の手首をとって脈を調べたが、脈が感じられなかった。「病院に連れて行かなきゃ」とケビンはぽつんと言った。「そうだ、病院に連れて行けばなんとかなるだろう。おい、ケビン手を貸してくれ」と現実に戻ったポールは、ケビンに両腕をもたせ、自分は両足を持って、公園の近くにある病院の電灯がついている玄関をめざして歩いた。やせているのに男の体はやけに重く、一歩一歩足を踏み出すのが、つらく、病院にたどり着いた時には、二人とも肩でハーハー息をしていた。幸いにも夜遅かったたため、誰にも見られずにすんだ。玄関の前に男の体を横たえると、二人は逃げるように駆け出した。

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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