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もしも、あの時(4)

「夕べ午後11時頃、セント・ビンセント病院の入り口に男が横たわっているのを、勤務明けで帰宅しようとした病院のスタッフが発見した。男はすでに息絶えていた。男には全身打撲の痕があり、警察は殺人事件として捜査に乗り出すとともに、男の身元の確認を急いでいる」
あの男が死んだ。自分は殺人犯となったのだと思うと顔から血の気がひいて行くのが分かった。ケビンはもうこの記事を読んだだろうか。すぐにケビンの携帯に電話した。ケビンが電話に出るとすぐに「あの男、死んだって記事が載っていたが、読んだか?」と機関銃の玉を撃つような勢いで聞いた。電話の向こうで沈痛そうなケビンの声が返って来た。
「読んだよ」
「俺たちどうすればいいんだろう?」
「実は俺もずっとそのことを考えていたんだ。俺たちはレイプされた女に代わってあの男を成敗したのだから、普通の殺人犯とは違うし、情状酌量されると思うんだ。それに男をほったらかしにしていた訳じゃなく、病院の前まで連れて行ったのだから、殺すつもりがなかったって事は警察にも分かってもらえると思うんだ。自首するのが一番だと思うんだが、お前はどう思う?」
ケビンの立場はポールと違う。直接に手を下していないのだから。せいぜい殺人幇助罪ですむだろう。そう思うと、すぐに自首しようとは言えなかった。沈黙が流れた。
「ちょっと考えさせてくれ」と言って電話を切った。
あの女を見つけなければいけない。しかし、名前も住所も分からない。でも、警察に自首すれば、あの女を警察は探してくれるだろう。それに、警察が自分たちを捜すのには、そんなに手間がかからないだろう。あの男の相棒は、俺たちの顔を見ている。警察に逮捕される前に自首する方が刑が軽くなるに決まっている。しかし、今まで警察のお世話になることがなかった自分がこんなことで捕まれば、親の心痛はどんなものかと思うと、目頭が熱くなった。高校時代は級友達がマリファナなどを吸って、警察のお世話になる事件もあったが、幸いにもポールにはそういうことがなかった。マリファナを吸ったことはあるが、一回興味半分で吸って、それきり手をださなかったからだ。それよりもフットボールに夢中になった青春時代だった。ほかの級友が皆ガールフレンドを作ってデートを楽しむときも、ポールとケビンはフットボールグラウンドを駆け回っていたのだ。そんな思いで、決心がつきかねて、一日が過ぎてしまった。

月曜日は重い足取りで銀行に行った。仕事の合間、暇をぬすんで、あの男についての新聞記事を読んだ時は愕然とした。その記事には次のようなことが書いてあった。
「きのうセント・ビンセント病院の前で死亡していた男の身元が判明した。名前は、ジェームス・ハリス、32歳。ハリス氏は友人のリチャード・ジョーンズ氏と二人で公園にいたところ、二人の若者に追いかけられたと言うことだ。その二人の男を警察は捜索中だが、動機はゲイ嫌いの男達の制裁のようである」
 ゲイ嫌いの男達の制裁?何のことだ?それじゃあ、あの男達はゲイだったというのか。ゲイの男達が若い女を二人掛かりで襲うということは考えられない。ということは彼奴等はレイピストではなかったと言うことだ。なんてことだ!無実の男を殺したということなのか!泥沼につっこんだ足がますます底にひっぱられていくような感覚にとらえられた。リチャードとか言う男が、俺たちのことをどのくらい覚えているかは分からないが、リチャードは二人を見ている。特にケビンはリチャードを追っかけたのだから、ケビンの顔を覚えている可能性が高い。
新聞を読みながら、その記事から分かることを頭の中で整理していたら、携帯が鳴った。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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