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もしも、あの時(6)

 あの夜のことをひとつひとつ思い出しながら話したが、悪夢を再現するようにつらかった。
「あの男達は俺たちを見ると、血相を変えて逃げ出したので、てっきりレイピストだと思ったんです。あの男達が逃げ出さなかったら、僕らだって、追っかけて、殴ったりはしませんよ。ともかく、あの時レイプをされた女を見つけてください。そうすれば、僕が言っていることが本当だとわかるはずですから」自己弁護をするのに必死だった。
「どんな女だったんだ?」
薄暗い公園の街灯の下で2、3分しか見ていない顔を思い出すのは、並大抵のことではなかった。
「細面で、茶色の長いウエーブのかかった髪をしていて、年は25歳ぐらいでした。黒いパーティー用の足首まである長いドレスを着ていましたが、胸元はひきちぎられたようで、破れていましたよ。」
「白人だったのか?」
「そうです。」
「背の高さは?」
「170センチぐらいだと思います」
「その女はやせていたのかね?」
「いえ、特にやせたという感じではありませんでした。そうかといって太ってもいませんでした」
取り調べが終わると、留置所に入れられた。狭い留置所の中にいると、自分が犯罪者になったことがじわじわと実感としてしみ込んで来た。ケビンの取り調べはどうなっているだろう。
その夜8時頃にもなっていただろうか。見張りの警官が部屋の鍵を開けてくれると、弁護人のスティーブがドアの外に立っていた。
「ご両親が保釈金を積んでくれたから、一旦うちに帰ってもいいことになったよ」と言った。
担当の警官からこれから三日に一度警察に報告しにくると言う条件で保釈を認められたことが伝えられた。国外逃亡をふせぐため、パスポートは没収すると言われた。警察署の玄関に行くと両親が待っていた。
 ジーナはポールの肩を抱いて「帰りましょ。」とだけ言った.
 ケビンのことが気がかりだった。「ケビンはどうしたんだ?」と聞くと、スティーブが、「直接被害者に暴行を加えた訳じゃないから、取り調べがすんだらすぐ返されたよ」と教えてくれた。そうだ、ケビンと自分は全く立場が違うのだ。ケビンのことを心配するより、自分のことを心配した方がよさそうだった。
 ポールはうちに帰ると、そのまま自分の部屋にこもった。両親には申し訳なくて何と言ったら良いのかわからなかったのだ。それから誰とも口をきかないままぼんやりテレビの画面を眺めて暮らした。ケビンからも何の連絡もなかった。銀行には休暇願いを出したが、平社員のポールは、銀行にとっていつでも取り替えのきく存在だったと見え、二日後には解雇状が届いた。オーストラリアの会社ってそんなものだと知ってはいた。父親は社長から部下を解雇するように言われ、悩んでいたことがあったっけ。その部下には2度ほど勧告が出されていたが、朝出勤して来た部下に、机を片付け、会社から配給された車の鍵を渡し、即刻退社するように言った日の晩は、父はうちで酒をしたたか飲んで、酔っていた。ポールは解雇状を手に取って、自分の将来の道がたたれたことを思い知った。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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