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もしもあの時(8)

事件の3ヶ月後に、裁判が開かれることになった。弁護人を依頼されたスティーブは、ポールがいかに好青年であったかを陪審員にアピールすることに焦点をあてて弁護をすると言った。ポールはそのため高校時代の恩師や同級生、大学の教官、フットボールチームの仲間、会社の同僚と、ポールに好意的な人物の名前のリストを作るように言われた。リストに挙げられた名前の数は20数名にものぼった。リストの中には昔つき合ったリズもいたし、高校の時のフットボールのコーチもいた。そのリストを基に、人物保証をしてくれそうな知人、友人の選択をし、電話で法廷で証言をしてくれるかどうか問い合わせた。
真っ先に電話したのは高校時代のガールフレンドだったリズだった。ポールがぽつぽつと事情を話し、「今度の裁判で人物保証をしてほしいんだけれど」と言うと、しばらく沈黙が流れた。そして、「悪いけど、今私婚約中なの。あなたとつきあっていたことを余り彼に知られたくないの」と、断られた。ショックだった。確かに別れてしまったが、憎んで別れたわけではなかった。ポールがあまりにもフットボールに熱中してデートをおろそかにしがちだったのに業を煮やしたリズから、フットボールをとるか自分をとるかと迫られた時、即座に返事をしなかったのが別れた原因だった。だから、嫌いになって別れた訳ではなかったので、人物保証くらいはしてくれると思っていたのだ。確かに犯罪者には関わりたくはないと言う心理は分からなくもないが、自分が窮地に陥っているときは手を差し伸べてくれることを期待していたのだ。
最初の依頼の電話は失望に終わったが、その後電話したフットボールのコーチのジャクとフットボール仲間だったピーター、それに会社の同僚のフランクからは快諾を得、スティーブの考えていた3人の人物保証人確保は、それほど難航しなかった。
裁判が始まった日、スーツに身を固めたポールは半年ぶりにケビンに会った。ケビンもこの事件で苦悩したのだろう。顔がやつれていた。「やあ」とお互いに言った後、目をそらせた。何を話したらいいのか、分からなかったのだ。
陪審員の席には男4人女8人が座っていた。
「全員起立!」と言われ、立ち上がると、頭にモーツアルトのような長いウエーブのかかった白髪のカツラをかぶり、黒いガウンを着た裁判官達が法廷に入って来た。裁判官が全員席についたところで、「着席」と言われ、座った。
事件の概要が説明され、初めの証人として、被害者のパートナー、リチャード・ジョーンズが法廷の証人席に立った。やせほそった背の高い30代半ばの男だった.
リチャードが聖書に手を置いて真実を語ると宣誓した後、裁判長が名前と住所、そして職業を確認した。その時初めてリチャードは町工場の工員だということを知った。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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